最新記事

NATO

フィンランドのNATO加盟はプーチンに大打撃──ウクライナ侵略も無駄骨に

How Finland Could Tilt the Balance Against Putin

2022年4月15日(金)08時39分
マイケル・ハーシュ(フォーリン・ポリシー誌上級特派員)

過去1世紀フィンランドに中立を保つよう圧力をかけ続けてきたロシアにとって、これ以上に壊滅的なダメージはまず考えられないと、専門家は言う。あるとしたら、目下プーチンが必死で避けようとしているウクライナにおける全面的な敗北だけだろう。

フィンランドの首都ヘルシンキはプーチンの出身地サンクトペテルブルクから約300キロしか離れていない。フィンランドがNATOに加盟すれば、「ウクライナのNATO加盟とNATOの拡大政策を止めることを口実に」ウクライナ侵攻に踏み切ったプーチンに「正義の鉄槌」が下った格好になると、モナハンは言う。

「プーチンはさらに追い詰められる」と見るのは、かつて米政府の北朝鮮担当特使を務め、現在はシンクタンク・ランド研究所に所属するジェームズ・ドビンズだ。「たとえウクライナの中立化に成功しても、フィンランドを失えば、大した成果を挙げられなかったことになる。ウクライナ、フィンランドの両方を失ったら、下手な侵攻作戦で事態をこじらせ、国境の向こうにNATOの圧倒的な兵力が展開するという悪夢のシナリオを招いた責任を問われかねない」

フィンランドはロシアと1300キロ余りにわたって国境を接している。これが加われば、NATO陣営とロシアとの境界線は今の倍に延び、EUとロシアがにらみ合う前線の距離は史上最長に延長されることになる。「それにより軍事面だけでなく、文化的、経済的にも厄介な問題が生じる」と、ドビンズは指摘する。

自らの挑発行為で包囲網を完成させたとなると、プーチンは壊滅的な戦略上のミスを犯したことになると、プリンストン大学の政治学者で元米政府高官のアーロン・フリードバーグはメール取材に応えて述べた。ドイツはロシアのウクライナ侵攻を見て、軍備拡大に転じたが、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟は「少なくともそれと同等か、ことによるとそれ以上に」ロシアにとっては手痛い誤算だと、フリードマンは見る。

米ロ一触即発の危機

「フィンランドとスウェーデンはNATOにただ乗りするのではなく、NATOの戦闘能力を実質的に拡大するだろう」と、フリードマンは述べ、この2国の加盟申請はほぼ確実に受理されるとみて、こう付け加えている。「それにより、ロシアが長年警戒し続けてきた恒久的な変化が起きる」

しかし、そうした変化は「重大な危険性」を伴うと、ドビンズは警告する。「無防備に歓迎すべきではない」

フィンランドにNATOの基地ができて、兵士と武器が送り込まれれば、ウクライナ侵攻で一気に高まったアメリカとロシアの一触即発の危機はさらにエスカレートする。ロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官は先週、フィンランドとスウェーデンがNATOに加盟するなら、ロシアも国境地帯に配備する兵力を増強し、「(この地域の軍事力の)均衡を回復させる」必要があると警告した。

ジョー・バイデン米大統領はNATOの新たな拡大の可能性について今のところ直接的な発言を控えている。NATOはアメリカ主導で創設され、今でも名目上はアメリカが主導権を持つにもかかわらず、米政府関係者は同盟国に先んじてこの件に言及することを慎重に避けている。「NATOへの加盟申請はそれを求める国が選択し、受理の是非は加盟国全てが決定する」と、米国家安全保障会議(NSC)の広報担当者はメールで問い合わせに回答した。

それでもジュリアン・スミス米NATO大使は5日の記者会見で、アメリカが他の29カ国と同様に、両国のNATO加盟を歓迎する考えであることを示唆した。「NATOの扉は今後も開かれている」とスミスは述べ、さらにこう続けた。「アメリカとしては、2カ国の加盟を歓迎するだろう。両国は既に、NATOに大きな価値をもたらしていると考えている」

NATOのイエンス・ストルテンベルグ事務総長は6日、NATOはフィンランドを「温かく歓迎する」つもりだと発言。「彼らを加盟国として迎える決断は、迅速に下すことができる」とつけ加えた。

フィンランドがNATOに加盟した場合、「ノルウェー方式」を選ぶ可能性もある。ノルウェーはNATOの創設メンバーだが、外国の軍の駐留を認めず、NATOの軍事演習にも制限を課すことで、ロシアを刺激しないようにしてきた。それでも近年では、NATOの防衛措置に、これまでよりもずっと積極的に参加するようになっている。

フィンランドのある当局者(匿名)は、フォーリン・ポリシー誌に対して、「ノルウェー方式」が検討されていると語った。第2次世界大戦中にソ連の侵略を受けながらも独立を守り抜くなど、ロシア撃退の長い歴史を持つフィンランドは、徴兵制を採用するなど、防衛力の強化に力を入れてきた。

「ヨーロッパ最強」の軍

「我々は、外国の軍の駐留を切実に必要としてはいない。自分たちの軍隊があるからだ」とこの当局者は述べた。「我が国の軍は、数の面でも兵器の面でも、ヨーロッパで最強の部類に入る」

フィンランド軍は、イギリス、フランスやドイツなどのNATO主要加盟国に比べれば小規模だが、長年にわたって独自にロシアの侵略に抵抗する備えをしてきたことから、砲撃能力や対空監視、サイバーおよびミサイル攻撃への備えにおいて、最も手ごわい軍のひとつだ。この当局者によれば、フィンランド軍は28万人の兵士を「迅速に動員」することができ、「最大で90万人」を動員できるという。

またフィンランドは、人口は560万人でドイツに比べればかなり少ないが、ドイツよりも多くの戦闘戦車を保有している。公表されている数字によれば、フィンランドはアメリカから供給を受けた高度な「スマート」ミサイルを搭載したF18戦闘機を64機、保有しており、さらにF35戦闘機64機を発注。これらのF35は2026年から納入が始まる予定だ。

前述の当局者によれば、加盟国がNATOにもたらす主な「付加価値」は、北大西洋条約第5条の下でロシア政府に対抗する集団安全保障への参加だ。第5条は、一つの加盟国に対する攻撃は「全ての加盟国に対する攻撃と見なす」と定めており、各加盟国に対して「北大西洋地域の安全保障を回復および維持するために、武力行使を含む必要と思われる行動を取る」よう求めている。NATOの73年の歴史の中で、これまでに第5条が発動されたのは、アメリカが9・11同時テロ攻撃を受けた後だけだ。

ニュース速報

ビジネス

塩野義薬、コロナ治療薬「ゾコーバ」の臨床試験を新た

ビジネス

中国、EV用バッテリーの標準化推進を=元工業情報相

ワールド

ロシアが夜間空爆、少なくとも1人死亡=ウクライナ当

ワールド

アングル:PGAとLIV統合の裏に米政権の対サウジ

MAGAZINE

特集:最新予測 米大統領選

2023年6月13日号(6/ 6発売)

トランプ、デサンティス、ペンス......名乗りを上げる共和党候補。超高齢の現職バイデンは2024年に勝てるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。

人気ランキング

  • 1

    【動画・閲覧注意】15歳の女性サーファー、サメに襲われ6針縫う大けがを負う...足には生々しい傷跡

  • 2

    ウクライナの二正面作戦でロシアは股裂き状態

  • 3

    新鋭艦建造も技術開発もままならず... 専門家が想定するロシア潜水艦隊のこれから【注目ニュースを動画で解説】

  • 4

    「中で何かが動いてる」と母 耳の穴からまさかの生…

  • 5

    ロシア戦車がうっかり味方数人を轢く衝撃映像の意味

  • 6

    性行為の欧州選手権が開催決定...ライブ配信も予定..…

  • 7

    いま株価が上昇するのは「当たり前」...株高の「現実…

  • 8

    ロシアの「竜の歯」、ウクライナ「反転攻勢」を阻止…

  • 9

    ワニ2匹の体内から人間の遺体...食われた行方不明男…

  • 10

    BTSのSUGA、日本のファンに感謝伝える「アミシカカタ…

  • 1

    ロシアの「竜の歯」、ウクライナ「反転攻勢」を阻止できず...チャレンジャー2戦車があっさり突破する映像を公開

  • 2

    「中で何かが動いてる」と母 耳の穴からまさかの生き物が這い出てくる瞬間

  • 3

    ウクライナの二正面作戦でロシアは股裂き状態

  • 4

    【動画・閲覧注意】15歳の女性サーファー、サメに襲…

  • 5

    米軍、日本企業にTNT火薬の調達を打診 ウクライナ向…

  • 6

    敗訴ヘンリー王子、巨額「裁判費用」の悪夢...最大20…

  • 7

    「ダライ・ラマは小児性愛者」 中国が流した「偽情報…

  • 8

    【ヨルダン王室】世界がうっとり、ラジワ皇太子妃の…

  • 9

    ロシア戦車がうっかり味方数人を轢く衝撃映像の意味

  • 10

    【画像・閲覧注意】ワニ40匹に襲われた男、噛みちぎ…

  • 1

    【画像・閲覧注意】ワニ40匹に襲われた男、噛みちぎられて死亡...血まみれの現場

  • 2

    カミラ妃の王冠から特大ダイヤが外されたことに、「触れてほしくない」理由とは?

  • 3

    「ぼったくり」「家族を連れていけない」わずか1年半で閉館のスター・ウォーズホテル、一体どれだけ高かったのか?

  • 4

    F-16がロシアをビビらせる2つの理由──元英空軍司令官

  • 5

    築130年の住宅に引っ越したTikToker夫婦、3つの「隠…

  • 6

    歩きやすさ重視? カンヌ映画祭出席の米人気女優、…

  • 7

    「飼い主が許せない」「撮影せずに助けるべき...」巨…

  • 8

    預け荷物からヘビ22匹と1匹の...旅客、到着先の空港…

  • 9

    キャサリン妃が戴冠式で義理の母に捧げた「ささやか…

  • 10

    ロシアはウクライナを武装解除するつもりで先進兵器…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中