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ロシアの芸術家にプーチン批判を求め、「祖国」を捨てさせるのは正しい行動か

MUSIC AND POLITICS

2022年3月10日(木)18時00分
藤井直毅(ジャーナリスト)

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ソ連共産党に面従腹背だったショスタコービチ ULLSTEIN BILD/GETTY IMAGES

ショスタコービチは社会主義リアリズムの名の下に政治が芸術を統制するスターリン政権下で、ソ連共産党機関紙プラウダによる批判、そして体制の緩みを引き締めるため党中央が芸術全般を弾圧した「ジダーノフ批判」という2度の強い迫害にさらされた。ただ彼は迎合的・党賛美にも見える曲を書いて「プロパガンダ作曲家」と揶揄されながらも権威主義体制への批判精神を失わず、多くの作品を残した。

とはいえ、表現者ではあっても創造者ではないゲルギエフが、同じような方法でしたたかに面従腹背することも難しい。

ゲルギエフのデビューは文豪トルストイの長編小説を原作とした歌劇『戦争と平和』の指揮だった。そして彼は国連設立50周年を記念して95年につくられ、平和を訴えたり、復興を記念する行事があるときのみ活動する楽団「ワールド・オーケストラ・フォー・ピース」の指揮者を97年から務めている。

音楽家に銃で何かを解決することはできない

現在、楽団のSNS公式アカウント上ではウクライナ侵攻で釈明・意思表示を求められた共同創設者によって、10年のドキュメンタリー番組内のインタビュー映像が「ゲルギエフの平和の希求への意思表示」として紹介されている。彼は自らこう語っている。

「軍人でも政治家でもないわれわれ音楽家は、制服を着て、あるいは銃を持って何かを解決することなどできない。われわれにできるのは、ただただ(平和への)意思表示を行い続けることだけだ」

ゲルギエフはこの言葉どおりに行動せよ、という意見は正論ではある。さりながら、そうすればたった1日で、そして最悪の場合は永遠に祖国を捨てる決断を迫ることにもなる。たとえそれが彼のこれまでの交友や発言の蓄積が招いた結果であるとしても、簡単な踏み絵ではない。

芸術家の苦悩は終わらない。

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