最新記事

宇宙

長期宇宙飛行に適応してヒトの脳が「再接続」される

2022年2月22日(火)20時04分
松岡由希子

ニュータイプ誕生?  NiseriN-iStock

<長期宇宙飛行後、脳内の白質路で有意な微細構造変化がみられることが明らかとなった......>

ヒトの脳は生涯にわたって構造や機能を変化させ、適応する。長期宇宙飛行後、脳内で起こった構造的な接続の変化を分析したところ、いくつかの白質路で有意な微細構造変化がみられることが明らかとなった。

その研究成果は、2022年2月18日、オープンアクセスジャーナル「フロンティア・イン・ニューラルサーキット」で発表されている。

地球への帰還から7カ月後も、まだ脳の変化がみられた

ベルギーのアントワープ大学、欧州宇宙機関(ESA)、ロシアの国営宇宙公社ロスコスモスらの共同研究チームは、国際宇宙ステーション(ISS)で長期滞在ミッションに従事したロスコスモスの男性宇宙飛行士12人を対象に、宇宙飛行前と帰還後の脳を拡張MRI(dMRI)で撮影した。

宇宙滞在期間は平均172日で、脳画像は宇宙飛行の平均89日前と帰還後平均10日後に撮影され、うち8人は帰還から平均230日後にも脳を撮影した。

これらの画像をもとに、脳イメージング技術「ファイバートラクトグラフィー(FT)」を用い、宇宙飛行後の脳構造変化を深部の白質路レベルで調べた。白質とは、灰白質と身体の間や灰白質の様々な領域間のコミュニケーションを担う「伝達経路」だ。

その結果、左右の大脳半球を結ぶ神経線維の集合体「脳梁」、側頭頭頂接合部の後部と脳の前頭皮質を結ぶ「弓状束」、大脳皮質から脊髄に至る神経経路「皮質脊髄路」、大脳皮質下の「皮質線条体路」など、複数の白質路で有意な微細構造変化が見つかった。また、地球への帰還から7カ月後も、これらの変化がまだみられた。

「いわば脳が再接続されたことを示すものだ」

研究論文の筆頭著者で米ドレクセル大学のアレクセイ・ドロシン氏は「脳のいくつかの運動野の間の神経接続に変化があった。運動野は運動の指令を出す脳の中心だ。無重力状態では、宇宙飛行士は移動の仕方を適応させる必要がある」と解説。一連の研究成果について「いわば脳が再接続されたことを示すものだ」と評価している。

また、研究論文の責任著者でアントワープ大学のフロリス・ヴュッツ教授は「これまでの研究により、宇宙飛行後に運動野で適応の兆候がみられることはわかっていた。今回の研究では、領域間の接続レベルにも反映されていることが初めて示された」と述べている。

有人宇宙探査が推進されるなか、宇宙飛行がヒトの脳にもたらす影響を解明することは重要だ。今回の研究結果は、人間の宇宙探査での脳の変化の全容を解明するうえで礎のひとつとなるだろう。


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、シカゴ・ロス・ポートランドから州兵撤退

ビジネス

米国株式市場=続落、25年は主要3指数2桁上昇 3

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、年間では2017年以来の大

ワールド

ゼレンスキー氏「ぜい弱な和平合意に署名せず」、新年
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 5
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 6
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 7
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 8
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中