最新記事
ISSUES 2022

アメリカを「金持ちの金持ちによる金持ちのための国」にした負の連鎖

AMERICA’S STRUGGLE AT HOME

2022年1月21日(金)18時45分
ジェフリー・サックス( コロンビア大学教授)

貧しい人々を苦しめる階級闘争は最近の現象ではない。本格的に始まったのは1970年代初頭。以降40年間にわたり、残酷なまでの影響を社会に及ぼしてきた。

大恐慌のさなかの33年にフランクリン・ルーズベルト大統領が就任してから60年代に至る約30年間のアメリカは、第2次大戦後の西欧諸国が社会民主主義国家になっていったのと同様の道をたどった。所得格差は縮小し、アフリカ系アメリカ人や女性などの社会集団が経済や政治の世界に進出した。

それに続いて起きたのが金持ちの逆襲だ。企業弁護士だったルイス・パウエルは71年、環境規制や労働者の権利保護、公平な税制の強化という社会民主主義的な流れをひっくり返す戦略を説いた。パウエルは翌72年、リチャード・ニクソン大統領の指名によって連邦最高裁判所判事に就任。この後、最高裁は言論の自由を根拠に、企業から流入する政治資金への縛りを次々と解いていく。

81年に大統領に就任したロナルド・レーガンは富裕層向けの減税や労働組合への攻撃、環境規制の緩和を行った。この流れは今も変わっていない。

その結果、アメリカは経済的公平や福祉、環境保護といった分野で、欧州とは大きく異なる道をたどることになった。欧州が社会民主主義と持続可能な発展を目指してきたのに対し、アメリカが突き進んだのは少数の人間による腐敗した政治、拡大し続ける貧富の差、環境問題の軽視、そして気候変動の放置といった道だった。

数字をいくつか見るだけで、違いは明らかだ。EU加盟国の税収のGDP比は平均して45%程度だが、アメリカでは約31%。欧州諸国の政府は国民皆保険制度や高等教育や子育て支援、職業訓練に公的資金を拠出できるのに、アメリカ政府はそれらのサービスを国民にきちんと提供できない。

世界幸福度ランキングでも欧州諸国が軒並み上位を占め、アメリカは実に19位。平均寿命(19年)はEUの81.1歳に対し、アメリカは78.8歳だ(80年にはアメリカ人のほうが長生きだった)。

さらに19 年のデータで、上位1%の金持ち世帯の所得が総所得に占める割合は西欧では約11%だったが、アメリカは18.8%だった。同じ年、国民1人当たりの二酸化炭素排出量はアメリカが16.1トンだったのに対し、EUは8.3トンだった。

そこにある危険な未来

つまりアメリカは「金持ちの金持ちによる金持ちのための国」に、気候変動が他の国々に与える悪影響の政治的な責任も果たさない国になったわけだ。その結果、社会の分断が進み、薬物常用による死や自殺など「絶望による死」が増え、コロナ前の時点でも平均寿命を縮め、鬱を患う人の割合は上昇している。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア高官、ルーブル高が及ぼす影響や課題を警告

ワールド

ゼレンスキー氏、和平協議「幾分楽観視」 容易な決断

ワールド

プーチン大統領、経済の一部セクター減産に不満 均衡

ワールド

プーチン氏、米特使と和平案巡り会談 欧州に「戦う準
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 3
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止まらない
  • 4
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 5
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 6
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 9
    【香港高層ビル火災】脱出は至難の技、避難経路を階…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中