最新記事

ワクチン

ワクチンを1日に10回接種した男 他人になりすました複雑な背景とは NZ

2021年12月20日(月)12時39分
青葉やまと

男は複数の接種会場を訪れ、他人に成りすまして1日で10回分の接種を受けていた idofranz-iStock

<他人に成りすまし、複数のワクチン会場を巡っていた男性。制度の悪用に、専門家は「信じられないほど利己的」と激怒>

ワクチン・プログラムの悪用がニュージーランドで発覚し、保健省が関係当局と共同で調査に乗り出した。免疫力を過剰に得ようとしたわけではなく、無料の接種プログラムを利用して収益を上げようとした模様だ。

男は複数の他人に成りすまして1日で10回分の接種を受け、他人分の虚偽の接種記録を作成した疑いがもたれている。複数の接種会場を訪れることで、繰り返しの接種を見抜かれないようにする念の入れようだった。

無料のワクチン接種を展開しているニュージーランドだが、国民のなかにはワクチンを実際には接種せず、接種記録のみを作りたいと考える人々が一定数存在する。男はこのようなニーズを把握し、代行で接種を受けていた模様だ。豪スカイニュースは、「ほかの人々に成り代わってワクチン接種を受けていたこの男は、接種ごとに支払いを受けていたとみられる」と報じている。

同国では11月からワクチンパスの申請が始まっており、パスをもたない人々の行動に制限がかかり始めている。ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相が同月発表した新たなトラフィック・ライト・システム(交通信号システム)では、感染状況の深刻さを「レッド」「オレンジ」「グリーン」の3段階で表す。

いずれの状況においても共通して、買い物や公共交通機関の利用などは自由に行うことができる。ただし、レストランやバー、イベント、会合、ジムなどへの参加には、ワクチンパスの提示が求められることがある。こうした規制をかいくぐろうと、虚偽の接種記録への需要が発生している。

「信じられないほど利己的」

今回のような代行接種が横行すれば、接種の有無に応じてリスク管理をする枠組みが根底から揺らぎかねない。ワクチン学者のヘレン・ペトーシス=ハリス准教授はスカイニュースに対し、男の行動は「信じられないほど利己的」だと憤りをあらわにする。

ガーディアン紙は、このように代行を依頼して不正にパスを入手する動きについて、「未接種者に課せられる制限を一般大衆がくぐり抜けるための最新の試み」であると述べ、新たな手口だとして警告している。

保健省の接種プログラム責任者はニュージーランドのニュースメディア『スタッフ』の取材に応じ、「問題は認識している」「重大な問題だと捉えている」と回答した。さらに、「適切な機関と連携し対処を進めている」とも述べ、本格的な調査を実施する考えを示した。

同省は実際と異なるワクチン記録が作成された場合、当人だけでなく友人や家族たちをも危険に晒し、将来治療を受ける際に医療チームに被害を与える可能性もあると指摘している。

10倍量受けた男の体調は

接種プログラムの同責任者は、規定回数を超えてワクチンを接種した人々は「できる限り速やかに医療上のアドバイスを受けるべきである」と述べ、今回のような行動にはリスクが伴うと強調する。

オークランド大学のニッキー・ターナー教授はスタッフ誌に対し、同じ日に10回に及ぶ接種を受けた場合を想定した安全上のデータは存在しない、と説明している。起きうる副反応について臨床上の十分なデータがなく、「これは安全な行為ではなく、当人を危険に晒すものです」と述べた。

男の容体は不明だが、ワクチン学者のペトーシス=ハリス准教授は、接種翌日に重い副反応が男を襲ったのではないかと考えているようだ。ただし、長期的な影響についてはさほど心配がないとの見解も示している。過去には5回分のバイアルを誤って1度の接種で使用してしまった例がニュージーランド国外で起きているが、数日間の短期的な体調悪化に留まっている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官

ビジネス

マスク氏のテスラ巨額報酬復活、デラウェア州最高裁が

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 5
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 8
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中