最新記事

台湾

なぜ中台の緊張はここまで強まったのか? 台湾情勢を歴史で読み解く

TAIWAN, WHERE HISTORY IS POLITICAL

2021年10月9日(土)09時57分
野嶋剛(ジャーナリスト、大東文化大学特任教授)
台湾総統府

台湾では歴史の起点をどこに置くかすら政治と深く関わっている(日本統治時代に建設された台北の台湾総統府) YAOPHOTOGRAPH/ISTOCK

<米中対立の狭間で「最も危険な場所」とされる台湾。大国に翻弄され生き残った歴史は今の複雑な地域情勢につながっている>

「台湾史」はいつから始まったのか。この問題を語ろうとするだけで、台湾では猛烈な論争が起きる。

日本史の始まりは、天照大神(あまてらすおおみかみ)だろうが、邪馬台国だろうが、一本しかない歴史の起点がどこにあるか、という問題にすぎない。ところが台湾の場合、事情が違ってくる。台湾史をめぐり、時間軸も地理も全く異なる複数の歴史観が存在するからだ。

1つは、台湾が世界の舞台に登場した400年前。もう1つが、夏や商などの文明が黄河流域に花開いた4000年前。

「台湾は中国の一部ではない」と考える人々は、前者の歴史観を唱える。台湾の与党・民主進歩党(民進党)の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統が尊敬し、日本に事実上亡命していた独立運動家の史明(シー・ミン、池袋には彼が開いた「新珍味」という中華料理店がある)は『台湾人四百年史』という大著を残している。

一方、台湾の支配権を主張する中国政府は、中国で三国志の時代に「夷洲(いしゅう)」と書かれたり、隋の時代に「流求国」と書かれたりした古文書を持ち出すだろう。台湾の野党・中国国民党(国民党)も、その党名が物語るように後者を支持する立場だ。

ほかにも、台湾で「原住民」と呼ばれるオーストロネシア系の先住民族たちは石器時代から台湾の地で生活を営んできた。彼らの歴史にはもっと悠久の時間軸がある。

はっきり言えるのは、台湾で歴史は政治そのものであり、歴史解釈によって政治的立場が示されること。歴史は台湾において、クリティカルで、かつセンシティブなものなのだ。

外国人である筆者はいかなる立場にも政治的にくみするものではないが、台湾の歴史を日本の読者に伝えることを目的とする本稿は、やはり、400年前から筆を起こしたい。

オランダから清朝まで

標高4000メートル近い山々がそびえ、日本の九州よりやや小さい台湾。東側には広大な太平洋が広がり、西側の中国との間には台湾海峡が横たわる。世界と台湾を接続するのは海であり、台湾の歴史は海を抜きに語ることはできない。

世界が大航海時代を迎えた16世紀。海洋覇権を競ってアジアに殺到した列強の1つ、ポルトガルは、熱帯の草木が鬱蒼と生い茂る台湾を海から見て、「イラ・フォルモサ(美しい島)」と呼んだと伝えられる。ロマンチックな「フォルモサ」という呼び名は台湾の別名として欧米社会で定着し、台湾に逆輸入されて「美麗島」や「福爾摩沙」という中国語にもなっている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

利上げの可能性、物価上昇継続なら「非常に高い」=日

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32、経済状況が悪くないのに深刻さを増す背景

  • 4

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 7

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中