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2012年震災後の危機感と2021年コロナ禍の危機感、この間に何が変わったか

2021年8月11日(水)17時10分
田所昌幸+武田 徹+苅部 直+小林 薫 構成:髙島亜紗子(東京大学大学院総合文化研究科グローバル・スタディーズ・イニシアティヴ特任研究員)

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Photo:サントリー文化財団

この10年の変化

■田所 前回の「今、何が問題か」(76号、2012年)のときは、東日本大震災という明らかな大危機があり、復興というはっきりしたゴールがありました。それに加えて福島第一原発の事故は、「日本のやり直し感」が強かったと思います。

それに比べると今回は、コロナという危機状況はありつつも、切迫感は相対的に少ない。不満というよりも不安が大きいのではないかと思いました。

例えば、エコノミストの土居丈朗先生の論考では、財政問題に焦点をあてて「何とかしなければいけないけれども、どうしていいのかよく分からない」という様が書かれていました。コロナの問題で、財政が一層傷んだことは間違いない。しかし、そこからどうなるかということについては不確実性が強い、と。

武田先生は、過去10年間を振り返ってみて、何が変わったと思いますか?

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Photo:サントリー文化財団

■武田 76号と94号の2つの特集は、このことについて考えるいい素材になっていると思います。私が田所先生の巻頭言を読んで連想したのは、古市憲寿さんの『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社、2011年)という本です。

「未来に対して希望を持っていますか、絶望しますか」と聞くと、ほとんどの若者は絶望しているけれども、「今、幸せですか」と聞くと、「幸せ」だと答える。それがなぜかというところから始まり、結論ではネットワーク性に触れています。つまり、若い人たちは人間関係がうまく築ければ、幸福感を覚える。

しかし、今回のコロナではオンライン化こそ進みましたがリアルな対人関係がリスク源として忌避されているのであり、やはり次の危機が徐々に見えてきていると思いました。

■田所 サントリー文化財団の国際研究プロジェクト「グローバルな文脈での日本(Japan in Global Context: JGC)」でも、2013年にHappinessというテーマで議論しました。

その中で京都大学で社会心理学を教えられている内田由紀子さんが仰っていたのは、日本人に幸福度を10段階(最大10、最低1)で「どれが望ましい幸福の水準か」と聞くと、6または7と答えるという話でした。一方、アメリカ人に聞くと、「そんなの高いほうがいいでしょう。10です」と返答する。

私も毎年、学生に聞いていますが、そうすると、やはり6や7くらいの返答が返ってきます。どうも日本人はあまりハッピーだとよくないと思っているのではないかと。

近年、私が学生を見ていて気になるのは、高い教育を受けて多くのことにチャレンジできるにもかかわらず、あえてリスクを取ろうとしないということです。そうなると、ますます社会全体が縮小して、今まで我々の幸せを支えていたものを持続すらできなくなるのではないかと心配しています。

人間社会の悩ましさではありますが、「満足できればそれでいい」ではなく、不満が社会を動かす力にもなりますよね。

■武田 その傾向は私も学生と接していて感じます。今の若い人は昔の学生に比べれば、かなり高い生活水準を達成しているようにみえます。その中でさらに情報化が進み、色々なシミュレーションができる。

そうなると、実は未来の可能性を狭めることになるのですが、いまの生活水準を維持するためにリスクは避けるようになります。

また、幸福に関しては、嫉妬もあるかもしれません。あまり目立ってしまうと、目立つこと自体がリスクになってしまう。ですから、5、6、7ぐらいが頃合いという感じなのではないでしょうか。

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Photo:サントリー文化財団

■苅部 日本は先進国の中では比較的に経済格差が小さく、高齢化で人手が足りないので失業率が低い。また欧米諸国のような移民問題が起きていない。そのせいで、新型コロナウイルスがさまざまな問題を起こしても、生活満足度や幸福度が大きく損なわれることはないのでしょう。

ただしコロナウイルス禍が長く続けば、これからは飲食業など中小企業の倒産が増えていくでしょうから、長期的には、「幸福だ」「満足だ」と言っていられるかどうか、わかりません。そこで社会にたちまち不安が広がる可能性があります。

また、世の中の現実と生活実感とが乖離した状況では、陰謀論やフェイクニュースが跋扈しやすい。その弊害をあらかじめ防ぐ手だてを考えなくてはいけないと思います。この問題に関しては、待鳥聡史さんの論考「専門知の居場所」が、専門家の知識が政策の決定にどう関わるべきかを論じていますね。

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