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東日本大震災10年

「私には夢ができた」牡蠣養殖から民宿女将へ 気仙沼ルポ「海と生きる」

TEN YEARS ON

2021年3月11日(木)11時30分
小暮聡子(本誌記者)

唐桑地区の鮪立港に立つ菅野一代。この静かな海があの日、津波となって集落を襲い、菅野はここにあった仕事場を失った PHOTOGRAPH BY KOSUKE OKAHARA FOR NEWSWEEK JAPAN

<東日本大震災は被災地をどう変えたのか。宮城県気仙沼市の復興と再生に見る、あの日の記憶とそれぞれの10年。夢、「都会化」、教訓と伝承、そして悲しみ......>

(『news zero』キャスターの櫻井翔が自ら長編ドキュメントでつづった10年――。本誌2021年3月16日号は「3.11の記憶」特集。「櫻井翔と被災地の10年」のほか、現地ルポ、哲学者マルクス・ガブリエルの寄稿、フォトエッセーを収録しており、絶賛発売中です)

あの日。2011年3月11日午後3時30分頃、最大で20メートルを超す大津波が宮城県気仙沼市を襲った。どす黒い色をした波が家や車や人をのみ込み、引き波と共に海にさらっていった。海岸の船舶燃料用タンクも倒れ、海上と市街地の浸水地域で火の手が上がった。

市内の総世帯数の約3分の1に当たる9500世帯が被災、1043人が死亡し今も214人が見つかっていない。
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あれから10年。2021年2月8日、筆者は写真家の岡原功祐と気仙沼市唐桑地区に向かった。気仙沼市街地から車で30分ほどの所にある人口約5800人の唐桑地区は、複数の漁港の周りをいくつかの集落が囲む小さな半島だ。東日本大震災で約2400世帯中550~600戸が被災し、2011年5月時点で71人が死亡、35人が行方不明となっていた。

岡原とこの地を訪れるのは3度目だ。震災から2カ月後の2011年5月に初めて訪れた時は、あちこちに瓦礫の山が残り、避難所で生活する人々と、全国から駆け付けたボランティアの姿があった。

震災1年後の2012年2月に再訪すると、瓦礫は片付けられ、かつての住宅地は更地となり、うっすら雪に覆われていた。当時は、同じ集落の中で被災しつつも残った自宅で暮らす人々と、家が流されて仮設住宅に入った人々が高台への移転をめぐって分断し、コミュニティーが存続の危機にさらされていた。

岡原と9年ぶりに車で唐桑半島を回る。「なんか、そんなに変わってないですね」と、助手席でシャッターを切りながら岡原は言った。

高台には新築の住居が立ち並び、いくつかの集落にはコンクリートの防潮堤が建設されている。新しい道路も整備され、「かさ上げ」があちこちで行われた跡が見える。コロナ禍のせいか人は少なく、以前と同じく静かな漁港にカモメの声が響き渡る。

だが今回の取材で、会う人々は口をそろえてこう言った。唐桑は変わった、と。

「10年前とそんなに変わんないように見えっかもしんないけど、人の心は変わったよ」。宿泊先の民宿「唐桑御殿つなかん」で、女将の菅野一代(57)は朝食後にコーヒーを入れながら明言した。「(震災前の唐桑半島は)閉鎖的だったし、保守的だった。外から人が来ると、あれ誰だっぺ? と。それが今は、じいさんたちが外国から来る旅行客に『グッドモーニング!』とか言っててね」

唐桑を「開国」させたのは、外からやって来た人々だ。菅野自身の人生を変えたのも、全国からやって来たボランティアたち。

菅野は20代のときに100年続く牡カ蠣キの養殖業者「盛屋水産」に嫁いだ。だが、津波で養殖設備と自宅がほぼ全壊。家を取り壊そうとしていた2011年8月、ボランティアとして唐桑で活動していた当時22歳の加藤拓馬に、夏休みに大挙して訪れる学生たちの寝泊まり場所に自宅を貸してほしいと頼まれた。

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