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「庶民派」菅首相を突き刺した、家族スキャンダルの破壊力

A Deep Connection

2021年2月9日(火)17時15分
北島 純(社会情報大学院大学特任教授)

総務省は01年の統合後もなお、旧自治省・郵政省・総務庁の権益が複雑に絡み合う巨大官庁だ。その中で放送・通信は比較的新興分野でありながら、放送局や通信事業者に対する権限が広範かつ強大だ。

もともとそうした点に目を付ける政治家の先駆者が田中角栄だった。田中角栄は1957年に郵政相に就任するや、当時の「ニューメディア」たる地方テレビ局への放送局免許付与を通じて全国規模での政治的影響力を拡大させていった。同時に郵政官僚も影響力を増大させ、放送局への天下りを広げていった。

議員2世や官僚出身などのエスタブリッシュメントではないが故に、新興分野を中心にがむしゃらに権勢を拡大しようとする田中角栄と、その勢いを利用して新しい政策を推進し新規天下り先を開拓しようとする官僚との相互利用の補充関係だ。

菅氏と総務省の関係は田中角栄と郵政省の関係を想起させる。では、菅氏が総務省を自らの「庭」にしようとしたのは、偶然か戦略か。

菅氏は96年に衆議院議員として初当選したが、翌年の委員会質問でいち早く携帯電話の商業主義に懸念を表明している。エスタブリッシュメントでないことを自覚する政治家が、全国規模の影響力を蓄えるのに必要なものは手薄な新興分野を見抜く嗅覚だといわれる。

携帯電話はその後、国民生活に欠かせない機器となっており、菅氏の勘はそういう意味で田中角栄に匹敵するものだった。しかも菅氏は総務省の聖域たる自治財政の分野にも手を付け、ふるさと納税制度を生み出した。

そうした菅氏に異を唱える総務官僚は放逐され、支持する総務官僚は菅氏の権勢拡大に比例して出世した。安倍政権の長期化でフル稼働した内閣人事局による官邸人事も相まって、総務省はいつの間にか菅氏の「庭」と見なされるようになった。

確固たる基盤なき首相

同時に無派閥であるはずの菅氏は、いつの間にか自民党内で若手無派閥議員による「ガネーシャの会」や故鳩山邦夫氏が創設した「きさらぎ会」などから成る緩やかなグループを非公式的につくり上げた。

その緩やかな支持基盤が真骨頂を発揮したのが昨年9月の総裁選であり、二階派の全面支援のもと瞬く間に多数派が形成され、勝負は菅氏の圧勝に終わった。

しかし緩やかな権力基盤は政権の獲得に威力を発揮しても、権力維持に最適であるとは限らない。今回の「3本の矢」はいずれもポリティカル・コンプライアンス、つまり政治の局面で「法令をいかに遵守し、社会的な要請に応えるか」という問題を問うている。場当たり的な対応は、確固たる「基盤」なき首相のもろさを暴き出しかねない。

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