最新記事

インド

RCEP加盟を拒否したインドの過ち──モディ政権が陥った保護主義の罠

Why India Refused to Join RCEP

2020年12月5日(土)14時20分
スルパ・グプタ(米メアリー・ワシントン大学教授)、スミト・ガングリー(米インディアナ大学教授)

FTAに参加したさまざまな経験から、インドは自立を優先するイデオロギー的立場を強化した。過去に署名した貿易協定から恩恵を受けているとはいえ、そうした合意の結果、一部RCEP加盟国相手の貿易収支が赤字になっていると加盟反対派は指摘する。

さらに反対派は、日本、韓国、ASEANとのFTAを国内製造業の衰退に結び付けている。スブラマニヤム・ジャイシャンカル外相は最近、貿易協定が工業の空洞化につながっていると主張した。

過去の貿易協定では、政策と規制改革に加え、国内の製造業を支えるインフラを構築する努力が伴わず、協定から得られるはずの利益が限られたことは否めない。反対派の大きな不満の1つは、過去のFTAにはセーフガードの項目がなかったため、中国からインドへの輸出の流れに歯止めが利かなくなったことだ。

与党のインド人民党(BJP)と主要野党のインド国民会議派も、イデオロギー面では大きな違いがあるのに、自由市場経済への不信感は共通している。そのため、BJPが貿易協定への参加を拒んでも、最大のライバルである国民会議派から攻撃されることはほとんどない。実際、国民会議派が政権を主導した2004〜14年に締結された過去のFTAには国内に否定的な見方が多く、それが同党のRCEPに対する激しい反対につながったのかもしれない。

自由貿易そのものへの抵抗感とは別に、インドが譲歩を拒む大きな理由は少なくとも2つ考えられる。

第1に、関税障壁をいきなり撤廃すればグローバルな競争力のない多くのインド企業が打撃を被る。鉄鋼やプラスチック、銅、アルミ、紙、自動車、化学製品などインドの産業を支える業界は、RCEPからの離脱を歓迎した。

第2に、インドの政治家は大票田である農家をないがしろにできない。多くの農家は、市場を性急に開放して外国の農産物を受け入れた場合、大きな不利益を受けかねないと考えている。大規模な改革が行われれば、家族経営の小規模農家は廃業に追い込まれる恐れもある。

特に酪農業界からは反発が強い。工業化を進めて高い競争力を持つオーストラリアやニュージーランドの酪農業界との競争に不安があるためだ。

一方、インドのサービス業界はRCEPへの参加を支持するのではないかと思われがちだが、こちらも複雑だ。WTO(世界貿易機関)の2018年のデータによれば、インドはサービス輸出国としては世界8位、サービス貿易国としては9位につけており、今や立派なIT・ビジネスサービス大国だ。実際、インドのIT企業はRCEP加盟国の市場参入拡大を求めてロビー活動を行ってきた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

G7声明、日本の主張も踏まえ為替のコミット再確認=

ビジネス

訂正(発表者側の申し出・17日配信の記事)-トヨタ

ビジネス

UBS、新たな人員削減計画 クレディ・スイス統合で

ビジネス

G7財務相、イラン制裁やロシア凍結資産の活用で協力
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    【画像】【動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲深くも「勇ましい」空軍のサルマ王女

  • 3

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 4

    パリ五輪は、オリンピックの歴史上最悪の悲劇「1972…

  • 5

    人類史上最速の人口減少国・韓国...状況を好転させる…

  • 6

    アメリカ製ドローンはウクライナで役に立たなかった

  • 7

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 8

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    対イラン報復、イスラエルに3つの選択肢──核施設攻撃…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...当局が撮影していた、犬の「尋常ではない」様子

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    温泉じゃなく銭湯! 外国人も魅了する銭湯という日本…

  • 10

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中