最新記事

ワクチン

コロナ対策を阻む「ワクチン忌避派」の壁──不信感の源は?

THE VACCINE RESISTANCE

2020年12月24日(木)16時30分
フレッド・グタール(科学ジャーナリスト)

アメリカでも、連邦政府に対する不信感のせいでワクチン接種が進まない可能性はある。そうなれば、大金を投じた最新科学の成果が水泡に帰してしまう。

例えば、連邦政府はワクチン接種の優先度が高い集団を割り出し、接種記録を追跡するソフトウエアの開発を急いでいる。もちろん病歴などの個人情報は収集しないと約束しているが、今のアメリカでその言葉を素直に信じる人は多くない。

現に、感染経路に関する聞き取り調査にも非協力的な人が多い。自分の名前が政府のデータベースに載ることを恐れて、ワクチン接種を拒む人がいても不思議ではない。CDC(疾病対策センター)のトーマス・フリーデン元所長が指摘するように、そもそもトランプ政権は、政府に対する国民の信頼を損なうようなことばかりしてきた。

ワクチン忌避とマスク拒否

逆に、ワクチンへの期待感で人々が油断し、マスクの着用といった感染拡大への備えをおろそかにする事態も想定できる。なにしろアメリカでは、新型コロナによる入院患者数は10万人を超え、1日当たりの死亡者数も2000人を超えた。大統領就任式のある1月20日頃には、米国内の死亡者累計が40万に迫っているかもしれない。

バイデン政権が本格的に動きだすまで、政治が停滞するのは必至だ。その間にファイザーとモデルナの壮大な計画(目標は年初までに7000万回分のワクチンを供給することだ)が狂い、結果を出せなかったらどうなるか。数カ月、いや数週間でも供給が遅れる事態になれば、国民はワクチン接種計画そのものに対する信頼を失うかもしれない。

実を言えば、アメリカでワクチンに対する期待が高まったのはここ数カ月のことだ。夏までは、大統領自身が抗マラリア薬ヒドロキシクロロキンを新型コロナの治療薬として推奨するなどの混乱が続き、政府への信頼は地に落ちていた。

それでも秋が来ると、ファウチをはじめ、CDCやFDAなどの専門家がトランプ政権の圧力に正面切って抵抗するようになった。例えばFDAは、大統領選の投票日前までにワクチンを認可するために審査の基準を緩めろという要求をきっぱり拒んだ。おかげで、選挙が終わるとワクチンに対する国民の信頼感は持ち直した。

政府に対する信頼の回復は、ワクチン接種に対する国民の恐怖心を解消する上で欠かせない。感染拡大を止めるには、国民の大多数が接種に応じる必要がある。そこまで行かなくても、きちんと2回の接種を受ければ自分や家族の命を(かなりの程度まで)守ることができる。

しかしワクチン接種を拒む人が相当数いた場合、事態は深刻だ。自分が感染するリスクも、他人に感染させるリスクも半永久的に残る。そしてイギリスの免疫学者ロイ・アンダーソンが言うように、基礎疾患のある人や高齢者などは「ずっとウイルスに怯えて」暮らすことになる。

短期間でワクチン開発に成功したのは科学の力だ。しかし、科学の出番はそこまで。この先で問われるのは政治の力だ。

<2020年12月29日/2021年1月5日号掲載>

20240514issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月14日号(5月8日発売)は「岸田のホンネ」特集。金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口……岸田文雄首相が本誌単独取材で語った「転換点の日本」

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、通算5期目始動 西側との核協議に前

ビジネス

UBS、クレディS買収以来初の四半期黒字 自社株買

ビジネス

中国外貨準備、4月は予想以上に減少 金保有は増加

ワールド

中国、エアバスと航空分野の協力深化へ 覚書に署名=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    メーガン妃を熱心に売り込むヘンリー王子の「マネー…

  • 7

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中