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死亡説の金正恩「復活ショー」の知られざる舞台裏

2020年11月6日(金)15時15分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

「復活ショー」の竣工式が行われた肥料工場はただの張りぼてだったのか KCNA-REUTERS

<世界に向けて「金正恩復活」をアピールした竣工式が行われた肥料工場では、現在までまったく生産ができる状態になっていない>

北朝鮮の金正恩党委員長は今年5月1日、平安南道(ピョンアンナムド)に建設された順川(スンチョン)燐酸肥料工場の竣工式に参加した。しばらく公の場に姿を見せず、重病説や死亡説が飛び交うさ中での登場だっただけに、世界から注目を集めるニュースとなった。

しかし華々しい竣工式とは裏腹に、工場の中身はお粗末なものだった。肥料を生産するラインが1本たりとも稼働できる状態になかったのだ。そして、そんな状況は半年たった今でも変わらない。

<参考記事:「政府の動きがおかしい」北朝鮮国内で金正恩死亡説が拡散

デイリーNK内部情報筋によると、工場内には生産に必要な設備が全くなく、原料や科学添加剤も供給されておらず、肥料生産が行える状態ではない。

そもそも竣工式それ自体が、今年4月28日に中央党(朝鮮労働党中央委員会)から急に開催の指示が下されたものだ。

「まだ建設中だったのに、突然竣工式の看板が掲げられ、慌てた」(情報筋)

現地の担当者は、外壁塗装やガラスの設置など、工場が完成したように見せる作業を大慌てで行い、たった2日間で「なんちゃって竣工式」の準備を終えた。金正恩氏が参加する行事であることは知らされていなかったという。

外見だけを完成させた上で竣工式を盛大に行い、残りの工事を行うのは、今までもよく行われてきた手法だ。

中央党は竣工式の後で、「10月10日の朝鮮労働党創建75周年までには、生産ライン2本はなんとしても稼働できるようにしなければならない」との指示を下した。フル稼働は無理でも、ともかく稼働させたいとのことだった。しかし、現実は厳しかった。

「順川燐酸肥料工場は今に至るまで、肥料1袋たりとも生産できていない。生産は、元帥様(金正恩氏)の指示事項としてのみ残されている」(情報筋)

工場の関係者や地域住民は、金正恩氏が竣工式に参加しただけあって働党が工場の設備と原料を支援してくれることを期待していた。しかし、当局は何の支援もしてくれなかった。

そればかりか、資材不足で工場の建設工事継続が困難となり、朝鮮人民軍から派遣されていた建設担当の兵士たちを全員撤収させてしまったのだ。今では、民間人4~500人だけが残り、細々と工事を続けている。現地では、「写真を撮るためだけに大慌てで竣工式をやった」と陰口を叩かれているという。

あるいは、北朝鮮当局は金正恩氏の「復活ショー」を演出するため、いつも以上に無理をごり押ししたのかもしれない。

<参考記事:【写真】金正恩氏の手首に「手術痕」...健康不安は事実か

工場の近接区域の住民には「ビニール膜を供出せよ」との指示がくだされた。それも、工場の建物にはめるガラスがないので、とりあえずビニール膜を貼ってしのごうというのでだ。あまりのことに呆れた住民は「この国はこれほど苦しいのか」と嘆いている。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ--中朝国境滞在記--』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

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