最新記事

北欧

世界がスウェーデンに抱く「モデル国家」という虚像

WHY SWEDEN IS NOT A MODEL

2020年11月5日(木)18時30分
アンドルー・ブラウン(ジャーナリスト)

ストックホルムのタントルンデン公園で日光浴を楽しむ市民(5月) HENRIK MONTGOMERY-TT NEWS AGENCY-REUTERS

<社会主義からコロナ対策まで──世界の興味を引くスウェーデンの「高信頼社会」。政府と国民が現実よりもあるべき姿に邁進するあまり抜け落ちたものとは>

今年9月末、スウェーデン国防軍の上級士官が全くでたらめの経歴をでっち上げて何年も勤務していたことが明らかになった。スウェーデンの首都ストックホルムの日刊紙ダーゲンス・ニュヘテルによれば、その人物(名前は未公表)はイギリス軍のヘリのパイロット。1991年の湾岸戦争で撃墜されたが生還し、イギリス海軍では准将だったと主張していたが、実は電気系統担当の技術者だったという。

「深刻な問題だ」とスウェーデン軍の人事責任者は同紙に語った。「恐ろしいことだ。国防軍が嘘つきから身を守るのは難しい」。だが本当に異例なのは、経歴詐称の発覚が今年これで2例目ということだ。1月にはかなり上級の参謀将校の経歴詐称が発覚。実際にはない資格をあるように見せ掛け、事実確認も行われていなかったという。

「国防軍が嘘つきから身を守るのは難しい」とは、軍人の言葉として尋常ではないだろう。嘘以上に危険な兵器を使う敵から国を守るのが彼らの務めだというのに。それでもこの言葉は、スウェーデン社会の強みと弱みについて、そして外国人を引き付ける途方もない魅力について、深遠な何かを明らかにする。

スウェーデンという国はスウェーデン人が思うほど魅力的ではないかもしれないが、中小国でこれほど模範国家とも反面教師とも見なされる例は、ほかになかなか思い付かない。福祉国家のモデルだった頃は、欧米で機能している社会主義にここまで近い国は欧米ではほかにないだろうと、左派も右派も考えた。移民・難民の受け入れに西欧で最も積極的だった頃は、大量移民賛成派からも反対派からも重視された。売春は違法ではないが買春は違法という政策も、いい例としても悪い例としても引き合いに出されてきた。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の中では、ロックダウン(都市封鎖)せずに成功した例とされる一方、高齢者施設での感染拡大を許して初期の死者数が周辺国をはるかに上回る結果を招いた失敗例としても挙げられた。

こんなふうに世界の興味を引くのは、この国の大きな強みであり弱み──すなわちスウェーデンが政府や互いへの国民の信頼度が非常に高い「高信頼社会」であることによっている。スウェーデンの人々は自分がどう振る舞うべきかを心得ていて、他人にも同じ振る舞いを期待する。自分が正しいと信じることを口にし、誰もがそれを信じると期待する。だからこそ大部分がうまくいくのだが、同時に、経歴をでっち上げて軍に潜り込むような恥知らずに対しては無防備にもなる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トヨタが通期業績を上方修正、販売など堅調 米関税の

ビジネス

アングル:米アマゾン、オープンAIとの新規契約でク

ワールド

ウォール街、マムダニ氏の「アフォーダビリティ」警戒

ビジネス

訂正マネタリーベース、国債買入減額で18年ぶり減少
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    高市首相に注がれる冷たい視線...昔ながらのタカ派で…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中