最新記事

中国

世界が騒いだ中国・三峡ダムが「決壊し得ない」理由

THE TRUTH OF THE THREE GORGES DAM

2020年10月24日(土)11時40分
譚璐美(たん・ろみ、ノンフィクション作家)

1994年に着工、建設に15年かけ完成した三峡ダムだが、 不正も多く発生した(写真は2002年) GUANG NIU-REUTERS

<世界最大のダムが「決壊する!」と注目を浴びたが、今も決壊しないまま。そこで専門家に話を聞き、堤体の構造や今夏の洪水時に何が行われたかを検証した。三峡ダムは本当に大丈夫なのか。なぜ決壊しないのか>

(本記事は2020年10月13日号「中国ダムは時限爆弾なのか」特集収録の記事の前編です)

中国では今年6月半ばの梅雨入り以来、62日間にわたって大雨と集中豪雨が続き、190以上の河川が氾濫し、四川省から江蘇省まで至る所で洪水が発生した。6300万人以上が被災し、5万棟以上の家屋が倒壊する被害が出た。
20201013issue_cover200.jpg
ネット上では、長江沿川の町や村が冠水する様子や、世界最大の三峡ダムの放流状況が刻一刻と伝えられ、今しもダムが決壊するのではと不安視する声があふれた。

YouTubeには「三峡ダムの決壊シミュレーション」まで登場し、もし決壊すれば、約30億立方メートルの濁流が下流を襲い、武漢、南京が水没し、上海付近の原子力発電所や軍事基地まで甚大な被害を受けるだろうと危機感をあおった。4億人が被災するとの試算もあった。

幸いにも三峡ダムは決壊しなかったが、たまたま決壊を免れただけで、いつかまた危機が訪れるのか。それともダムの構造は強固で、決壊は杞憂にすぎないのか。豪雨の季節が過ぎた9月上旬になっても、長江上流域ではまだ洪水が続いていた。

magSR20201024threegorgesdam-1-chart1.png

COSTFOTO-BARCROFT MEDIA/GETTY IMAGES

三峡ダムは70万キロワットの発電機32基を備え、総発電量は2250万キロワット。放流量を調節して下流の洪水被害を防ぐ機能も持つ、世界最大の多目的ダムだ。堤体(ダムの本体)の重さで水の力を支える構造の重力式コンクリートダムで、2009年に長江中流域の湖北省宜昌市に近い三峡地区に建設された。

いま振り返れば、三峡ダムの決壊説に沸いていたのは主として欧米や台湾の中国系メディアと日本メディア(私も記事を書いた)だけで、コメントしているのもごく限られた人物ばかりだった。あるいは科学的考察が不十分だったのではないか。日本や欧米の水利専門家はこの状況をどう捉えていたのだろうか。

そんな疑問に駆られ、改めて信頼できる専門家に話を聞き、中国ダム事情と三峡ダムについて検証した。

京都大学防災研究所水資源環境研究センターの角哲也教授は、日本の河川、特にダム工学研究の第一人者で、黄河の環境問題を扱った『生命体「黄河」の再生』の編著者の1人として中国の事情にも明るい。

角教授は「決壊説」を一蹴する。その説明に入る前に、やや遠回りになるが黄河の話から始めよう。

magSR20201024threegorgesdam-1-chart2.png

ビルと違って半永久的に堅牢

黄河は長江に次ぐ中国第2の河川で、水源の青海省からチベット高原、黄土高原を横切り、西安や洛陽を経て、渤海湾へ注ぐ。

その中流域にあるのが三門峡ダムだ。1960年代に中国が社会主義の兄貴と慕うソ連(当時)の設計で建設されたダムだったが、竣工直後から貯水池(ダム湖)に黄砂がたまり、20年で約40%が埋まった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中