最新記事

ドイツ妄信の罠

「ドイツは謝罪したから和解できた」という日本人の勘違い

TRUTH, NOT APOLOGIES

2020年10月27日(火)20時33分
ジェニファー・リンド(米ダートマス大学准教授)

つまり、西ドイツが他の西欧諸国と和解し、政治・軍事同盟を結んだのは、過去の清算より前だった。彼らがNATO加盟を果たし、欧州統合を軌道に乗せるために、戦時暴力を認める必要があったことは重要な事実だ。ただし、償いが必要だったわけではない。

日本自身の戦後の歩みも、それを裏付けている。日本はアメリカ、オーストラリアと戦後すぐに和解した。国際政治の世界では常識だが、かつての敵国との和解は共通の戦略的必要性が基点になる。

共産主義の拡大を恐れたアメリカとオーストラリアは、ソ連との力のバランスを保つために良好な対日関係を再構築しようとした。両国とも、日本に謝罪を求めたり期待したりしなかった。日本は現在、両国に加え東南アジア諸国やインドとも友好的関係を築いている。

日本は時間をかけて歴史的和解を模索してきた。明仁天皇は全ての戦没者の魂を慰める「慰霊の旅」でパラオやフィリピンなどの戦場を訪れ、温かい歓迎を受けた。日米関係では、安倍晋三首相とバラク・オバマ大統領が真珠湾や広島の追悼施設を訪問し、大きな成功を収めた。

謝罪は和解のために必要不可欠ではないとしても、マイナスにはならないという意見もあるだろう。しかし、ここで別の問題が出てくる。謝罪は国内で政治的反発を招き、和解を阻害する恐れがある。

実際、日本では指導者の謝罪や自己批判的な教科書が保守派を刺激し、より肯定的な歴史観を要求する運動に火を付けたことが何度もあった。これ以上の謝罪は、さらに反発を招くだけだ。

歴史をめぐるこうした論争のせいで、日本側に何か問題があるのではないかという意見もよく聞く。しかし、ドイツが極めて例外的な存在なのであり、日本の経験のほうがはるかに一般的だ。アメリカでは、ドナルド・トランプ大統領が公立学校の生徒は「自国を憎むように教えられている」と主張し、もっと愛国的な歴史を教えるよう呼び掛けている。

謝罪や自己批判的な歴史の記述は、オーストリア、イギリス、フランス、イスラエル、イタリアでも反発を買っている。謝罪が反発を生むのは、民主主義社会ではナショナリズムと愛国心をめぐるリベラル派と保守派の見解が対立しているからだ。

以上の理由から、ドイツ・モデルを見習うよう日本に圧力をかけても、東アジアの和解にはつながらない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英アーム、ライセンス提供を最新のAIプラットフォー

ワールド

高市首相を衆参選出、初の女性宰相 維新との連立政権

ビジネス

ビール大手モルソン・クアーズ、米州で従業員9%削減

ワールド

トルコの利下げ予想縮小、物価見通しは上方修正=JP
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 7
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 9
    若者は「プーチンの死」を願う?...「白鳥よ踊れ」ロ…
  • 10
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中