最新記事

北朝鮮

金正恩が「飲み会で政策批判」のエリート経済官僚5人を処刑

2020年9月17日(木)11時15分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

処刑されたのは中央党経済部のインテリ3人と実務担当2人 KCNA-REUTERS

<現在の党幹部は「面従腹背」と咎められることをおそれ、まともに経済苦境について議論することもできない>

今年7月末、当局の経済政策を非難したとの理由で北朝鮮の中央党(朝鮮労働党中央委員会)の幹部5人が一度に処刑されていたことが、デイリーNKの内部情報筋からの情報で明らかになった。

処刑されたのは、中央党の経済部で「三頭立ての馬車」と呼ばれるインテリ3人と、彼らとともに実務を担当してきた2人だ。5人は7月中旬、平壌のショッピングセンター「光復地区商業中心」の個室で3回に渡り会食し、国家と朝鮮労働党の政策について虚心坦懐に語り合った。話の内容は次のようなものだった。

「対内外政策の(苦境を打開する)カギを確実に回さなければ、国の経済は今より悪化するだろう」

「(経済制裁とコロナ封鎖のため)貿易はすべて隠れてやらなければならない。外国の銀行とも取り引きもできないので、発展の方向性もできていない」

「政策的局面で方向転換し、海外からの支援を求めて、人民生活の安定を図らなければならない」

さらにこんな話が交わされた。

「まずは人民経済から正常化させなければならないのに、わが国(北朝鮮)で稼働している工場のうち、軽工業、人民生活消費品工場は1パーセント以下だ」

「9割以上が軍需産業である国家経済の工程構造から改善しなければならない」

この話が、経済部の副部長兼、党の機関細胞委員長の耳に入った。優秀と評価される5人を妬んでいた彼は、5人のうち自分より後輩の1人を呼び出し、「党は普段から君のことを評価している」と褒めたうえで「党の政策にとって良い考えがあれば忌憚なく提案して欲しい」などとして、仲間内で具体的にどのような話が交わされたかを聞き出した。後輩は、まさか自分たちを貶めようとするものであるとは気づかずに、話の概要を説明した。

副部長は、その話を「最近の個別党員の党思想動向報告」にまとめ、党組織指導部に提出した。報告は金与正(キム・ヨジョン)第1副部長のもとにも届いた。

<参考記事:「血なまぐさい粛清」経て復活...党重要部署を金与正氏が掌握か

そして7月末のある朝のこと。何も知らずに5人はいつものように経済部に出勤した。午前8時からの読報(労働新聞を読む会)を終え、8時半の朝礼の時間となったところに、国家保衛省(秘密警察)の要員がなだれ込んできて、5人を逮捕した。

独房に入れられた5人は、取り調べで自白させられた。具体的にどのような暴力を振るわれたのかについて、情報筋は言及していないが、北朝鮮での取り調べで拷問は当たり前のように行われている。

<参考記事:手錠をはめた女性の口にボロ布を詰め...金正恩「拷問部隊」の鬼畜行為

報告を受けた金正恩党委員長は、「陽奉陰違(面従腹背)する者は3代まで滅ぼしてもよい」との指示を下した。そして7月30日、5人全員が室内で非公開処刑された。5人の家族は、咸鏡南道(ハムギョンナムド)の耀徳(ヨドク)にある15号管理所に送られた。

当局は厳しくかん口令を敷き、事件が表沙汰になることはなかった。ところが、司法・公安機関を統括するために新設された党の組織行政部が、国家保衛省に対する締め付けを強化したころから、この話が漏れ伝わりだした。内部ではこのような話が交わされた。

「経済イルクン(幹部)を処刑した後で開かれた党の総会で、彼らの言ったとおり経済事業の欠陥を認めたではないか」

これは先月19日に開催された、朝鮮労働党中央委員会第7期第6回総会の決定書のことを指す。決定書は総会での金正恩氏の発言に沿い「過酷な内外の情勢が持続し、予想できなかった挑戦が重なるのに合わせて経済活動を改善することができなかったので、計画された国家経済の成長目標が甚だしく未達成となり、人民の生活が著しく向上しない結果も招かれた」と指摘している。

情報筋は「将軍様(金正日総書記)が亡くなった後、2012年から2015年まで言いたいことを何一つ言えず、夜も枕を高くして眠れなかった人たちが多かったが、中央党のイルクンたちは、今も(あの頃と)同様にいかなる意見も出せない立場だとぼやいている」と述べた。さらに、組織行政部の締め付けで雰囲気はさらに厳しいとも指摘している。

「われわれもいつあのように攻撃の対象になるかもしれない、先が見えない」

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米移民当局、レビット報道官の親戚女性を拘束 不法滞

ワールド

IMF、ウクライナ向け支援巡り実務者レベルで合意 

ワールド

ウクライナ和平交渉担当高官を事情聴取、大規模汚職事

ビジネス

米ホワイトハウス付近で銃撃、州兵2人重体 トランプ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中