最新記事

北朝鮮

金正恩「死んだふり」の裏で進んでいた秘密作戦

2020年5月8日(金)15時40分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

今月2日に朝鮮中央通信が配信した金正恩党委員長の近影 KCNA-REUTERS

<金正恩はなぜ、自身が健在であることをもっと早く示さなかったのか?>

韓国の情報機関・国家情報院(国情院)は6日、国会情報委員会に対する報告で、北朝鮮の金正恩党委員長の最近の健康状態について、「心臓に関する治療や手術は受けていない」との見解を示し、健康不安説を否定したという。同委員会の幹事を務める与党・共に民主党の議員が明らかにした。

金正恩氏の「死亡説」や「重体説」が飛び交う中でも、国情院は一貫して「異変はない」と説明していた。金正恩氏の健在が確認された以上、ここは「さすが」と評すべきかもしれない。もっとも、金正恩氏が手術までは受けていないにせよ、心臓に何らかの問題をかかえている可能性は消えていないのだが。

参考記事:【写真】金正恩氏の手首に「手術痕」...健康不安は事実か

それにしても今になって思うのは、金正恩氏は何故、自身が健在であることをもっと早く示さなかったのだろうか。各国の騒動の「高みの見物」を決め込んでいたのかもしれないが、一方で北朝鮮国内でちょっとした異変があったのも事実だ。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋によれば、中朝国境地帯では住民の間で、中国から流入した金正恩氏の「死亡情報」が拡散していたが、当局はそれを放置していたという。

このような噂が広がると、北朝鮮当局は住民講演会などを素早く開き、「最高尊厳(金正恩氏)を冒とくする者は厳重な処罰を免れない」などと恫喝し、ひどい場合には見せしめのための公開処刑さえ行ってきた。実際、2013年に李雪主(リ・ソルチュ)夫人に関する噂が広がったときには、何人もの芸能人が処刑されている。

参考記事:女性芸能人たちを「失禁」させた金正恩氏の残酷ショー

こうした状況を考え合わせると、金正恩氏は意図的に「死んだふり」をしていたと見ることができるだろう。

そしてその裏では、ある秘密作戦が進んでいた。国情院は同じ日の報告で、北朝鮮の潜水艦建造基地である新浦(シンポ)造船所で潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)開発に使用される水中射出装備が継続的に確認されていると明らかにした。

北朝鮮は同造船所で、SLBMを搭載する3000トン級の新型潜水艦を建造中だ。完成すれば、SLBMには核弾頭が搭載される可能性が極めて高い。

北朝鮮は昨年、非核化などを巡る米朝対話の期限を年末までに一方的に設定したが、米国はそれまでに制裁緩和などで譲歩しなかった。これ受け、金正恩氏は12月28日から31日まで開かれた朝鮮労働党中央委員会第7期第5回総会で、「世界は遠からず、朝鮮民主主義人民共和国が保有することになる新しい戦略兵器を目撃することになるであろう」と宣言した。

その後、現在に至るまで、この宣言は実行されていない。新型コロナウイルスの世界的な蔓延などが影響しているものと見られるが、金正恩氏は諦めたわけではなさそうだ。

各国で自身を巡る「死亡説」が飛び交う中、金正恩氏は「死んだふり」をしつつ「新しい戦略兵器」を世界に見せつけるその日に向かって進み続けていたわけだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ--中朝国境滞在記--』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



ニュース速報

ビジネス

ディズニーランド、早ければ4月再開も 米加州が規制

ビジネス

ANAとJALの会員情報流出、予約システム会社にサ

ビジネス

英中銀、回復への下向きリスクに強く対抗すべき=ハス

ビジネス

米長期金利上昇、インフレ懸念でなく回復期待を反映=

MAGAZINE

特集:人民元研究

2021年3月 9日号(3/ 2発売)

一足先にデジタル化する「RMB」の実力 中国の通貨は本当に米ドルを駆逐するのか

人気ランキング

  • 1

    中国の金採掘会社、南米や西アフリカで資産買い漁り

  • 2

    中国人富裕層が感じる「日本の観光業」への本音 コロナ禍の今、彼らは何を思うのか

  • 3

    【動画特集】自由になったメーガンの英王室への反撃

  • 4

    感染症対策に有効というビタミンD、どれだけ取れば大…

  • 5

    インドはどうやって中国軍の「侵入」を撃退したのか

  • 6

    ミャンマー、警官19人がインドへ逃亡 国軍の命令拒否

  • 7

    火星開発は人類生存のためのプロジェクト

  • 8

    台湾産「自由パイナップル」が中国の圧力に勝利、日…

  • 9

    コロナ禍での「顧客データ危機」を回避せよ DX時代、オ…

  • 10

    地球の上層大気で「宇宙ハリケーン」が初めて観測さ…

  • 1

    台湾産「自由パイナップル」が中国の圧力に勝利、日本も支援

  • 2

    インドはどうやって中国軍の「侵入」を撃退したのか

  • 3

    ミャンマー国軍が「利益に反する」クーデターを起こした本当の理由

  • 4

    肉食恐竜が、大型と小型なのはなぜ? 理由が明らかに

  • 5

    地球の上層大気で「宇宙ハリケーン」が初めて観測さ…

  • 6

    リコール不正署名問題──立証された「ネット右翼2%説」

  • 7

    無数の星? いいえ、白い点はすべて超大質量ブラッ…

  • 8

    ミャンマー、警官19人がインドへ逃亡 国軍の命令拒否

  • 9

    北極の氷が溶け、海流循環システムが停止するおそれ…

  • 10

    バブルは弾けた

  • 1

    フィット感で人気の「ウレタンマスク」本当のヤバさ ウイルス専門家の徹底検証で新事実

  • 2

    ロシアの工場跡をうろつく青く変色した犬の群れ

  • 3

    屋外トイレに座った女性、「下から」尻を襲われる。犯人はクマ!──アラスカ

  • 4

    新型コロナ感染で「軽症で済む人」「重症化する人」…

  • 5

    台湾産「自由パイナップル」が中国の圧力に勝利、日…

  • 6

    韓国メディアが連日報道、米日豪印「クアッド」に英…

  • 7

    バブルは弾けた

  • 8

    中国はアメリカを抜く経済大国にはなれない

  • 9

    全身が泥で覆われた古代エジプト時代のミイラが初め…

  • 10

    インドはどうやって中国軍の「侵入」を撃退したのか

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

投資特集 2021年に始める資産形成 英会話特集 Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メンバーシップ登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

絶賛発売中!

STORIES ARCHIVE

  • 2021年3月
  • 2021年2月
  • 2021年1月
  • 2020年12月
  • 2020年11月
  • 2020年10月