最新記事

観光業の呪い

ほほ笑みの国タイの憂鬱──中国偏重がもたらす経済危機と感染危機

CHINA BLUES

2020年3月25日(水)18時15分
オースティン・ボデッティ

市民から供物を受け取る托鉢僧もマスク姿(バンコク、2月5日) ATHIT PERAWONGMETHA-REUTERS

<新型肺炎の感染拡大で中国人に過剰依存してきた観光業への打撃は必至──それでも中国寄りの政府に国民の不満が募る>

ほほ笑みの国タイが、ほほ笑んでばかりいられない問題に相次ぎ見舞われている。最南部では、2004年に分離独立運動が活発化して以来、政府軍と反政府勢力の衝突が後を絶たない。首都バンコクでは今年1月、強権的なプラユット・チャンオーチャー首相に抗議する大規模デモが起きた。東北部では2月、陸軍の兵士がショッピングモールで銃を乱射し、29人が死亡、数十人が重軽傷を負う惨事が起きた。

経済も悪化している。2018年の時点で「辛うじて食べていくので精いっぱい」と答えた国民は40%を超えた。景気減速は一段と鮮明になり、プラユットは2019年に大規模な刺激策を打ち出したところだった。

そこに新型コロナウイルス騒動が起きた。1月13日、タイは中国以外で初めて感染者が確認された国になった。以後、状況は悪化し、現在の感染者数は50人を超える。

タイが中国国外で感染者第1号を出した背景には、観光業における両国の密接な関係がある。観光業はタイのGDPの12〜20%を占める最大の産業だが、その収入の大部分は中国人がもたらしている。2019年にタイを訪れた中国人は約1100万人に上り、外国人観光客で最大の27.6%を占めた。だがそこには、今回のようなリスクも潜んでいる。

中国自身を含め、世界中の国が中国との渡航制限に乗り出すなか、タイ国内でも警戒感は高まっている。バンコク市民の多くは、中国人観光客がよく訪れるショッピングモールを避けるようになった。だが、中国人観光客が大幅に減ることは、タイにとってウイルスと同じくらい大きな脅威となる恐れがある。

新型コロナウイルス問題が起きる前から、タイを訪れる中国人は減少傾向にあった。2018年にプーケット島沖で中国人を乗せた船が沈没し、47人が犠牲になる事故が起きて以来、中国人観光客は激減。2019年1〜6月は前年同期比5%減となっていた。通貨バーツの上昇も、既に米中貿易戦争のあおりを受けていた中国人にとって痛かった。タイ観光・スポーツ省は、2020年の中国人観光客は900万人に落ち込むと予測している。

タイの観光業界自体もトラブル続きだった。フラッグキャリアであるタイ国際航空は大幅な赤字経営が続いており、2019年10月には経営破綻の警告を受けた。観光客に人気のビーチが一時閉鎖されるという問題も起きた。大量の観光客が近くのサンゴ礁にダメージを与えたためだ。そこへきて、感染症の拡大を抑えるために、中国政府が自国民に海外旅行を思いとどまるよう促しているのだから、タイにとっては泣きっ面に蜂だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

東京ガス、25年3月期は減益予想 純利益は半減に 

ワールド

「全インドネシア人のため闘う」、プラボウォ次期大統

ビジネス

中国市場、顧客需要などに対応できなければ地位維持は

ビジネス

IMF借款、上乗せ金利が中低所得国に重圧 債務危機
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中