最新記事

北朝鮮

発熱症状を隠した男性を処刑......北朝鮮「新型コロナ」対策の冷酷無比

2020年3月12日(木)11時30分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

北朝鮮当局にとって体制維持は他の何よりも優先される KCNA-REUTERS

<密出国や防疫規則違反で死刑にするのはやり過ぎと思われるが、北朝鮮当局にとって体制の安寧は他のすべてに優先する課題>

北朝鮮の平安北道(ピョンアンブクト)で先月中旬、50代男性の密輸業者が銃殺刑となる事件があったと、デイリーNKの内部情報筋が伝えてきた。

男性は密輸のため中国に渡り、現地で発熱の症状が出たものの、帰国後にこれを隠していたことがバレたのだという。

北朝鮮は新型コロナウイルスの侵入を防ぐため、早い段階で国境を封鎖するなど、防疫措置に全力を挙げている。医療体制の脆弱な北朝鮮にとって、新型コロナウイルスの蔓延は体制不安につながりかねない問題だ。すなわち、防疫規則を破る者は危険分子とみなされ、治安維持のため極端な重罰が適用されているのだ。

<参考記事:美女2人は「ある物」を盗み公開処刑でズタズタにされた

情報筋によれば、男性は1月初め、密輸のために中国に渡った。発熱するなど体調不良を認識したが、現地では診断を受けられず、密かに北朝鮮へと戻った。そこで、新型コロナウイルスを巡ってただならぬ空気が漂っているのを感じ、身の危険を覚えてしばらく隠れて過ごしていたという。

北朝鮮当局は新型コロナウイルスの侵入を防止するため、1月末には国境を閉ざし、外国人の入国を禁止。海外からの帰国者に対しても徹底的な検疫を行ってきた。

この男性も、自ら申し出て検疫を受けていれば、死刑にまではならなかったかもしれない。調査を受けて密輸の事実が発覚しても、その部分についてはワイロでもみ消せる可能性もあった。

<参考記事:「焼くには数が多すぎる」北朝鮮軍、新型コロナで180人死亡の衝撃

しかし結局、男性は近所の住民の通報により道保衛部(秘密警察)に逮捕され、「祖国反逆罪」により銃殺された。

北朝鮮の刑法第63条に定められた祖国反逆罪は、国家を裏切って外国に逃亡したり、内通したリ、秘密を渡したりした場合に適用され、5年以上の労働教化刑(懲役)を受けることになっている。罪状が重い場合には無期刑や死刑、財産没収も可能とする付則もある。

このような規定に比べても、密出国や防疫規則違反で死刑にするのは、かなりやり過ぎに思える。

しかし北朝鮮当局にとって、体制の安寧は他のすべてに優先する課題だ。そのためには、法の拡大解釈など屁でもないだろう。ただ、このような強硬すぎる姿勢には、この男性と同じような経緯で体調不良に至った人々が、当局に名乗り出るのを困難にする逆効果を生むリスクもある。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、南ア・印・ブラジル首脳と相次ぎ電話協議

ワールド

トランプ氏「紛争止めるため、追及はせず」、ゼレンス

ワールド

中国首相、消費促進と住宅市場の安定を強調 経済成長

ワールド

ロシア、ウクライナに大規模攻撃 ゼレンスキー氏「示
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    AIはもう「限界」なのか?――巨額投資の8割が失敗する現実とMetaのルカンらが示す6つの原則【note限定公開記事】
  • 4
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 5
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 6
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル…
  • 7
    アラスカ首脳会談は「国辱」、トランプはまたプーチ…
  • 8
    「これからはインドだ!」は本当か?日本企業が知っ…
  • 9
    恐怖体験...飛行機内で隣の客から「ハラスメント」を…
  • 10
    あまりの猛暑に英国紳士も「スーツは自殺行為」...男…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 9
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 10
    【クイズ】アメリカで最も「盗まれた車種」が判明...…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中