最新記事

米イラン危機:戦争は起きるのか

トランプがイラン司令官殺害を決断した理由は、石油と経済

IT’S THE ECONOMICS, STUPID

2020年1月16日(木)16時20分
ジョセフ・サリバン(元米大統領経済諮問委員会特別顧問)

オイルショックは怖くない (ワイオミング州のシェー ルガス採掘施設) WILLIAM CAMPBELLーCORBIS/GETTY IMAGES

<シェール革命で原油価格の高騰を歓迎する側になったアメリカは、もはやオイルショックなど気にしない。本誌「米イラン危機:戦争は起きるのか」特集より>

ドナルド・トランプ米大統領の2人の前任者、バラク・オバマもジョージ・W・ブッシュもイランの革命防衛隊の精鋭部隊「クッズ部隊」のガセム・ソレイマニ司令官の殺害を検討したが、実行を踏みとどまった。

20200121issue_cover200.jpg

なぜトランプは暗殺を命じたのか。あまり面白みのない分野に1つの答えがある。経済だ。

「人間は歴史をつくるが、好きなようにつくるのではない。自分で選んだ状況ではなく、既に存在する状況下でつくるのである」──これはカール・マルクスの言葉だ。

確かにトランプはオバマともブッシュとも異なるタイプの指導者だ。ソレイマニ殺害が賢明な決断だったかはさておき、責任は紛れもなくトランプにある。

だがトランプが前任者たちに比べ決断を下しやすい状況下に置かれていたのもまた事実だ。個人の責任に気を取られると、米政府にとってソレイマニ殺害のメリットとリスクがこの数カ月でいかに変化していたかを見落とすことなる。

アメリカのエネルギー事情は近年大きく変化した。そのため、戦力が圧倒的に異なる「非対称戦争」でイランが活用してきたオイルショックというカードは、アメリカには効かなくなった。

片やイランは国家経済が破綻の道をたどりつつある。現政権がアメリカの権益に損傷を与える能力は限られている。オバマもブッシュもこうした状況を享受していなかったし、トランプもごく最近まではそうだった。

昨年9月、アメリカは70年ぶりに石油の輸出が輸入を上回る「純輸出国」となった。原油価格の高騰がむしろ米経済にプラスとなる状況になったのだ。今やイランが中東原油の輸送を妨害しても、アメリカは痛くもかゆくもない。

ジミー・カーター元米大統領が在職時代、イランなどが仕掛けるエネルギー危機を「道徳的には戦争に等しい」と言ったように、中東石油の安定的な確保は米経済にとって死活問題だった。

歴代のアメリカの大統領はいわば自国経済を人質に取られた格好で中東政策を練らねばならなかったのだ。トランプは現代のアメリカ政治史で初めてこのジレンマから解放された大統領だ。

外貨不足でインフレ地獄

昨年9月サウジアラビアの石油施設へのドローン攻撃で米政府がイランの関与を疑い、原油価格が急騰したとき、トランプが「われわれは中東石油を必要としていない」とツイートしたのがその証拠だ。

一方、トランプ政権の制裁に苦しむイランの指導層はそれとは正反対の状況に置かれている。前任者たちに比べ、アメリカの攻撃への対応策が限られ、リスクが大きくなっているのだ。

それでなくても記録的なインフレで国民の不満が高まっている(ソレイマニ殺害は現体制への怒りを一時的に反米感情にそらす効果があったようだが)。報復攻撃により、さらにインフレが進めば、不満を抑え込めなくなるだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米中小企業、26年業績改善に楽観的 74%が増収見

ビジネス

米エヌビディア、株価7%変動も 決算発表に市場注目

ビジネス

インフレ・雇用両面に圧力、今後の指標に方向性期待=

ビジネス

米製造業新規受注、8月は前月比1.4%増 予想と一
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中