最新記事

日本

存続意義を失う地方都市

2019年12月17日(火)16時45分
江頭 進(小樽商科大学商学部教授)※アステイオン91より転載

さらに有線回線を必要としないネットワークは、中心・周辺という分離を消滅させるかもしれない。このように技術の発達が現在の地理的・経済的なデジタル・デバイドを解決できる可能性はある。その結果、仕事、教育、生活が地理的制約から解放されるようになる。現在でも六〇%を超える第三次産業のサービスは、新しいICT技術になじみやすいということを考えれば、国民の多くの生活がその形態を一変させていることは容易に予測できる。

問題はそのように実現された地方における社会的関係はどのようなものか、という点にある。バーチャルなネットワークが今以上に発達したとしても、物理的には地方の人口は激減する。現在は長期定住者が多く、保守的で濃密な人間関係があるとされる地方社会だが、現実に人口密度が下がったときに、face-to-faceを基本とした今のような地方社会の人間関係は維持できないだろう。現在ですら、地方から職がなくなり商店街が廃れ、コミュニティのハブが消滅することで、地方社会のネットワークは寸断されつつある。また、より小規模な町村では、タクシーやバスの運転手など公共交通を担う人材がいまでも不足している。自動運転車のような新しい交通機関の進歩が期待できたとしても、人口密度が下がった地域では、自治体も民間企業も持続可能なサービスを提供することは難しいだろう。その結果、face-to-face型の人間関係はむしろ人口が集中する都会の特徴となり、地方では高度に発達したICT技術の下でのバーチャルな関係が主流になるという逆転がありうる。

町は、何らかの必然性をもって生まれ成長する。そこに人が集い町を形成したことにはかつては明確な理由があった。人が集まり共に生きる必要があるからコモンズが形成され、町の歴史が紡がれてきた。しかし、日本の地方都市は当初の存在理由をほぼ失っている。歴史の中で新たな存在意義を見いだせた町もあるが、ほとんどの地方都市は存続すること自体が目的となっている。その結果、人々の生活と町の存在の関係が希薄になり、地方の町で暮らすことの意味がなくなりつつある。そして、日本経済が低成長を続ける限り、今後新たな存在意義を見いだせる町は少ないだろう。

ICT技術の進歩の中で、存続だけを目的とした人口密度の薄い町と、地理的な空間の意味を喪失しバーチャルな空間のコミュニティのみで生きる新しいデジタル・ネイティブの人々の関係は、我々がいま目にしている地方の町のそれとは全く異なったものとなっているだろう。

江頭 進(Susumu Egashira)
1966年生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。現在、小樽商科大学商学部教授。専門は経済学史。著書に『F.A.ハイエクの研究』(日本経済評論社)、『進化経済学のすすめ』(講談社現代新書)、『はじめての人のための経済学史』(新世社)、『社会のなかのコモンズ』(共著、白水社)、訳書にハイエク『資本の純粋理論』Ⅰ・Ⅱ(春秋社)他。

当記事は「アステイオン91」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg


■お知らせ■
『アステイオン91』刊行記念イベント

田所昌幸(慶應義塾大学法学部教授・『アステイオン』編集委員長)+江頭進(小樽商科大学商学部教授)

政治・経済・社会を覆う〈短期志向〉、〈近視眼的思考〉をいかに乗り越えるか?「100年」という時間を通して眺めることで、過去・現在・未来を再定位し、いま社会科学にできることを語りつくす!

日時:2019年12月19日(木)19:00~20:30 (開場18:30)
場所:八重洲ブックセンター本店 8階ギャラリー
詳しくはこちら


アステイオン91
 特集「可能性としての未来――100年後の日本」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中