最新記事

感染症

インフルエンザ予防の王道、マスクに実は効果なし?

Masks Won't Protect You

2019年12月10日(火)19時45分
マナル・モハメド(英ウェストミンスター大学講師)

着用していれば無意識のうちに鼻や口に手が触れなくなるという効果はあるが Dado Ruvic-REUTERS

<飛沫感染から身を守る効果は低く、人にうつさない「エチケット」も無意味のよう>

ようやく冬を越した南半球のオーストラリアでは今年、インフルエンザが猛威を振るい、約30万人が感染、662人が死亡した。これは、北半球の今冬を暗示しているかもしれない。

イギリスは例年12月~3月が流行シーズン。予防手段として一般的なのはワクチン接種だが、研究によれば有効率はわずか15%ほどで、二段構えの対策が必要だ。

インフルエンザは主に飛沫感染によって広がる。咳やくしゃみ、おしゃべりなどで口や鼻から飛沫が飛ぶが、その距離は最大約2メートルにも及ぶ。

一見、マスクを着用すればウイルスの侵入を防げそうに思える。医療用マスクが最初に導入されたのは19世紀後半。外科手術の執刀者用だった。一般に出回るようになったのは、1918年からのスペイン風邪の大流行がきっかけだ。

手術室で効果があるなら自分にも効果があるはず、というのがマスク着用の理屈だが、問題は、そもそもマスクが着用者を守ることを意図していなかったこと。執刀医の鼻や口の飛沫から、患者を守るためのものだったのだ。

1世紀以上使われてきたにもかかわらず、手術室でのマスクの感染予防効果は疑わしい。最新の研究によれば、マスクは手術室の細菌汚染の元凶になりやすいという。マスクの内側にとどまるはずの細菌が、外側に付着していることも確認されている。

CDCも着用を推奨せず

エチケットとしてマスクを着ける人もいる。病原菌を広めないようにという、外科医と同じ利他的な理由だ。だが先ほどの研究が示すように、この効果も怪しい。そもそも、最も感染力の強いインフルエンザ発症から3~4日目には患者はベッドで苦しんでいるはずだから、マスクを着けて街を歩いてはいないだろう。

マスクに効果があるとしたら、それは口や鼻を触れなくなることだ。インフルエンザは飛沫感染以外に、ウイルスが手に付着し、その手で顔を触ることで感染することも多い。人は無意識のうちに顔を触っており、ある研究ではその数は1時間に約23回だった。

ただ、目に触って感染することもあるし、マスクを定期的に交換しながら24時間つけ続けるのも苦痛だ。推奨される着用時間を守れた人はわずか21%との研究もある。

マスクの有効性でよく引き合いに出されるのが、米国医師会報に掲載された2009年の実験だ。普通のマスクと、0.3ミクロンの微粒子を95%以上防げる専門の「N95マスク」を比較したところ、通常のマスクにもN95と同程度の効果があった。だが言い換えれば、どちらにも大した効果はないということだ。実験に参加した446人の看護師のうち、マスク着用者の24%、N95着用者の23%がインフルエンザに感染した。

基本的には、公共の場でのマスク着用を推奨するべき強力な根拠は存在しない。米疾病対策センター(CDC)も、「現段階では(何らかの合併症リスクの高い人も含み)何も症状が出ていない人がインフルエンザ予防のため外出先でマスクを着用することは推奨しない」としている。

結局、インフルエンザ予防の最善策は手をよく洗い、顔を触らないことだ。

From The Conversation

<本誌2019年12月17日号掲載>

20191217issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

12月17日号(12月10日発売)は「進撃のYahoo!」特集。ニュース産業の破壊者か救世主か――。メディアから記事を集めて配信し、無料のニュース帝国をつくり上げた「巨人」Yahoo!の功罪を問う。[PLUS]米メディア業界で今起きていること。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米経済金融情勢の日本経済への影響、しっかり注視=米

ワールド

メキシコ、中国などに最大50%関税 上院も法案承認

ワールド

日米が共同飛行訓練、10日に日本海で 米軍のB52

ワールド

「トランプ・ゴールドカード」正式始動、100万ドル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 2
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 3
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎の物体」の姿にSNS震撼...驚くべき「正体」とは?
  • 4
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 5
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキン…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    「正直すぎる」「私もそうだった...」初めて牡蠣を食…
  • 8
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 9
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 10
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中