抗生物質が効く時代はあとわずか......医療を追い詰める耐性菌に反撃せよ

WE SHOULD ALL BE SCARED

2019年7月5日(金)10時20分
デービッド・H・フリードマン(ジャーナリスト)

「歴史を顧みても、今の病院に集まる患者ほど病んだ集団はいない」とゼニルマンは言う。APICのホフマンも「病院が正しい安全対策を行っている割合は5割程度。これを改善するのが一番の難題だ」と指摘する。

病院側も取り組みを開始した。今では多くの病院がロボットを使って紫外線で壁を殺菌している(紫外線は人体にも有害なので、人間は殺菌中の部屋には入れない)。シカゴの南にあるリバーサイド医療センターでは、ゼネックス・ディスインフェクション・サービス社のロボット2台が毎日30以上の部屋を消毒している。

そもそも診察台の表面や白衣などの衣類に細菌が付着しなければ、病院の衛生管理も楽だろう。コロラド州立大学の生化学者メリッサ・レイノルズは新しい抗菌素材を開発している。

抗菌素材の開発はレイノルズにとって、偶然降って湧いた使命だ。もともと彼女は、外科医が血管を拡張するのに使う医療用メッシュに血が凝固するのを防ぐ方法を調べていた。

すると、メッシュに銅のナノクリスタルを塗ると血球が付着しない可能性があることが分かった。しかもナノクリスタルのコーティングには細菌も着かないらしい。やがて研究室の学生がひらめいた。綿布をナノクリスタルの溶液に浸せば、細菌が着かない素材になるのでは?

レイノルズは「こうして強い抗菌性を持つ新素材を発見したことから、新しい方向性が見えた」と語る。

抗菌素材について行ってきたこれまでの実験は成功している。「ナノクリスタル処理した布をあらゆる種類の細菌に繰り返しさらしても、菌の付着は一切ない」と彼女は言う。「仕組みはまだ解明中だが、異なる種類の細菌に有効なことが分かっている」

レイノルズは既に、ある大手医療用品メーカーと共同で、ナノクリスタルを製造工程に組み込むことに成功している。現在は、ナノクリスタルを病院で使われるステンレスや塗料などに染み込ませる方法を研究している。これが実現できれば、これらの素材は従来の院内設備よりも抗菌効果がずっと長持ちするはずだ。

mags190704-germ04.jpg

院内感染を防ぐ方法の研究が進めば除菌作業もずっと楽になりそうだ ANDIAーUIG/GETTY IMAGES

耐性菌との戦いで、もう一つの武器となり得るのがレーザーだ。パーデュー大学の生物学者モハメド・セリームらは、血液に異なる色のレーザー光を照射することで、血中にある感染性の細菌を迅速に特定する方法を研究した。

その過程で彼らは、特定の薬物に耐性を持つ細菌に青色の比較的弱いレーザー光を照射すると、その色が数秒で金色から白に退色することに気付いた。退色した細菌の一部は死滅し、残りは抗生物質への耐性を失っていた。

彼らは現在、さまざまな耐性菌を特定できるレーザー光の色の調整に取り組んでいる。これが成功すれば懐中電灯サイズの照射装置を使って、患者の皮膚上の危険な細菌を殺したり、病院や医局内の消毒をしたりできるようになる。医療従事者の皮膚や衣服に照射して、それが感染源になるのを防ぐことも可能になるかもしれない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米経済「まちまち」、インフレ高すぎ 雇用に圧力=ミ

ワールド

EU通商担当、デミニミスの前倒し撤廃を提案 中国格

ビジネス

米NEC委員長、住宅価格対策を検討 政府閉鎖でGD

ビジネス

FRB責務へのリスク「おおむね均衡」、追加利下げ判
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 5
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 6
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編…
  • 7
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「ゴミみたいな感触...」タイタニック博物館で「ある…
  • 10
    【クイズ】韓国でGoogleマップが機能しない「意外な…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中