最新記事

天安門事件30年:変わる中国、消せない記憶

米中経済戦争の余波──習近平の権力基盤が早くも揺らぎ始めた

2019年6月5日(水)18時25分
長岡義博(本誌編集長)

――米中の衝突は中国共産党の政局にどのような影響を与えるだろうか?

5月13日、3つの出来事があった。この日の夜、中国中央電視台(CCTV)のニュース番組『新聞聯播』は、中国が600億ドル分のアメリカからの輸入品に報復関税を掛けると発表した。この日、共産党はそれを決める政治局会議を開いたのだが、午前中には李克強(リー・コーチアン)首相が会議を開き、「大規模失業を発生させない最低ラインを死守する」という決議を公表していた。

その後に開かれた政治局会議は集団議決だったという。これ以前は習近平が1人で決定していたが、この日から集団議決に変わった。アメリカとの貿易交渉が頓挫したことの反省からだ。

李克強が言っていることは、習近平や王滬寧とは違う。習や王は、中国経済は力強く、恐れる必要はないと主張していた。李克強が会議を開いて「大規模失業を発生させない最低ラインを死守する」と決議したのは、おそらく大規模な失業の危機が迫っているからだ。両者のトーンは異なる。

習近平の権力は大きくそがれている。5月3日、習は(党内の圧力で)妥結しかけていた貿易協議を反故にした後、「将来発生する悪い結果について全て責任を持つ」と発言した。しかし、5月5日にトランプは関税を25%に上げた。政治局会議が集団議決に変わったのは、習が「責任」を取った結果だ。一方で、習は今回の集団議決への移行で肩の荷を下ろした、と見ることもできる。

習近平は多くの難題を抱えているが、これまでは取り沙汰されることのなかった後継者問題が浮上している。もし、習が20年間政権を握るなら、後継者としては胡錦濤(フー・チンタオ、前国家主席)の息子の胡海峰(フー・ハイフォン、現浙江省麗水市党委書記)が考えられた。しかし10年しかやらないとなると、その後継者は陳敏爾(チェン・ミンアル、重慶市党委書記)か陳全国(チェン・チュアンクオ、新疆ウイグル自治区党委書記)だ。

後継者問題が浮上している、ということが習の権力基盤が揺らいでいることを示している。権力が安定し、健康に問題がないならこのような話は出てこないからだ。

――米中首脳会談が行われる可能性がある大阪でのG20は両国にとって重要になる。

そうだ。しかしトランプは優勢だが、習近平はそうではない。なぜならトランプは(貿易協議で)妥結しても妥結しなくてもいいが、習近平は妥結するしか選択肢がないからだ。貿易戦争が本格化すれば、中国は耐えられない。

アメリカにとってはこれが最後の機会だ。ここで中国に勝たなければ、以後アメリカにはチャンスがなくなる。以前、中国のGDPはアメリカの4分の1だった。現在アメリカのGDPは中国の1.5倍でしかない。「やらなければ、やられる」なのだ。

※インタビュー前編:浙江省で既に小工場30%が倒産──米中経済戦争の勝者がアメリカである理由

magSR190605invu-profile.jpg陳破空(チェン・ポーコン) Chen Pokong
1963年中国・四川省生まれ。86年に上海で起きた民主化要求運動に参加。広州市の中山大学で助教を務めていた89年、天安門事件に広州から加わり投獄。いったん釈放されたが94年に再び投獄され、96年にアメリカ亡命。コロンビア大学客員研究員などを経て、作家・テレビコメンテーターとしてニューヨークを拠点に活動している。新著に『そして幻想の中国繁栄30年が終わる――誰も知らない「天安門事件」の呪縛』(ビジネス社)。

20190611issue_cover200.jpg
※6月11日号(6月4日発売)は「天安門事件30年:変わる中国、消せない記憶」特集。人民解放軍が人民を虐殺した悪夢から30年。アメリカに迫る大国となった中国は、これからどこへ向かうのか。独裁中国を待つ「落とし穴」をレポートする。


ニューズウィーク日本版 世界が尊敬する日本のCEO
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月1日号(6月24日発売)は「世界が尊敬する日本のCEO」特集。不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者……その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、早期利下げ不要 年内に物価上昇へ=アトラン

ワールド

イスラエル・イラン停戦、持続性は不透明とロシア外相

ビジネス

EXCLUSIVE-世界の中銀、準備資産で金・ユー

ワールド

イスラエル、イランへの攻撃指示 「停戦違反」主張 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり得ない!」と投稿された写真にSNSで怒り爆発
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 6
    EU、医療機器入札から中国企業を排除へ...「国際調達…
  • 7
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 8
    細道しか歩かない...10歳ダックスの「こだわり散歩」…
  • 9
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 10
    「水面付近に大群」「1匹でもパニックなのに...」カ…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 8
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中