最新記事

疑惑

「美人銭湯絵師」の盗作疑惑に見る「虚像」による文化破壊

2019年4月17日(水)18時30分
内村コースケ(フォトジャーナリスト)

掘れば掘るほど膨らむ「虚像」

勝海氏自身は、件のライブペインティングについて、銭湯絵師見習いではなく、独立したアーティストとしての活動だと語っている。しかし、イベントには、丸山氏と共に行動する際に身に着けているペンキの汚れが飛び散ったズボンと、名前入りの紺の手ぬぐい姿の「銭湯絵師見習い」のコスチュームで臨んでいた。騒動後、丸山氏は、公式HPで勝海氏の方から申し出があったとして、師弟関係の解消と、今後の勝海氏の銭湯絵師としての活動には一切関知しない旨の声明を発表した。

「パクリ」が指摘されている無数の勝海氏の絵は、元絵と比べてお世辞にもレベルが高いものとは言い難い。陰影や反射などの細部の模倣も多く、「インスパイアされてアレンジした」という言い訳は効きそうもない。強調されている「芸大」の学歴も、実際に通っているのは学部よりも入学が容易とされる大学院であり、卒業したのは入試の難易度という点では東京芸大よりもランクが落ちる私大だ。それも必ずしも高い絵画のデッサン能力を求められないファッション系の学科であった。

一方、モデル業は学部時代から行っており、本人のSNSの発信も美術系よりもそちらが中心だ。そうしたことから、ネット民の間では、アーティストとしての顔はモデル・タレント業でのキャラクター性を強化するための、実力を伴わない「設定」ではないかという見方が広がっている。そして、「銭湯絵師見習い」は、そこに<昭和の庶民文化を守る美人すぎる絵師>というストーリーを追加するために、周囲の大人によってプロモーション的に作られたものだという意見も目立つ。勝海氏が語る経歴にまつわるエピソードや芸術論にも、他人の経歴や言葉との重複が多く見つかった。人々がネット上の情報を掘れば掘るほど、「虚像」が膨らんでいった。

対照的なリアルな銭湯絵の世界

「銭湯」は、近代日本の代表的な庶民文化だ。そこに、平成生まれの若いきらびやかな美女が入るコントラストが、抜群のPR効果を発揮するという発想は理解できる。ただ、筆者が過去の取材で実際に見た銭湯の「ペンキ絵師」の世界は、非常に地味でつつましく堅実なものであり、やはり「勝海麻衣」という存在の違和感は拭えない。

私は、勝海氏と元師匠の丸山氏とは面識がないが、2011年2月に、残る2人の銭湯絵師である中島盛夫さんと田中みずきさんに実際に会ってインタビューしている。中島さんは1945年生まれのベテランで、丸山氏とは兄弟弟子の関係にある。1983年生まれの田中さんは当時、中島さんの弟子としてインタビューに同席した(現在は独立して3人目の銭湯絵師として活躍している)。お二人に話を聞いたのは、帰国子女・海外子女向けの教育雑誌で、海外に住む日本文化に触れる機会が少ない子供たちのために、母国の知られざる文化を分かりやすく紹介するためだ。

今俗に「銭湯絵」と言われている銭湯の壁画は、白・赤・紺・黃の4色のみの速乾性のペンキで一気に描き上げるペンキ絵だ。「芸大」というワードでくるむようなピュアアート寄りの芸術作品というよりは、職人技で作り上げられる大衆文化的要素が濃い。勝海氏が銭湯絵師のコスチュームで出演するCMやイベントは、ファッション性が強調されたきらびやかな世界だが、少なくとも自分が取材を通じて知る限りでは、当時のリアルな銭湯絵の世界は、非常に泥臭い印象があった。インタビューの場所は、青果市場の一角にある冷え冷えとした倉庫。中島さんは銭湯絵だけでは生活ができないため、そこで管理人業務をして生計を立てていた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、自身のSNSに投稿された人種差別

ビジネス

アングル:インド「高級水」市場が急成長、富裕層にブ

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、リスク資産反発受け 円は衆

ワールド

トランプ氏、インドへの25%追加関税撤廃 ロ産石油
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近したイラン製ドローンを撃墜
  • 2
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入った「最強ライバル」の名前
  • 3
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予防のために、絶対にしてはいけないこととは?
  • 4
    韓国ダークツーリズムが変わる 日本統治時代から「南…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    地球の近くで「第2の地球」が発見されたかも! その…
  • 7
    鉱物資源の安定供給を守るために必要なことは「中国…
  • 8
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 9
    「右足全体が食われた」...突如ビーチに現れたサメが…
  • 10
    日経平均5万4000円台でも東京ディズニー株は低迷...…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から脱却する道筋
  • 3
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染拡大する可能性は? 感染症の専門家の見解
  • 4
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 5
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 6
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 7
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 8
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 9
    エプスタインが政権中枢の情報をプーチンに流してい…
  • 10
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 5
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中