最新記事

BOOKS

メディアで報じられない「金と欲」に翻弄された東日本大震災被災地の現実

2019年4月3日(水)16時55分
印南敦史(作家、書評家)

さらに見逃すべきでないのは、被災地から逃れてきた原発避難者と、いわき市民との扱いの違いだ。いわきに逃げてきた原発避難者たちが手厚く扱われる一方、当のいわき市民はあらぬ噂に悩まされ続けたというのである。


 もちろん、いわき市民でも県外に脱出した人もいたが、いわきの風評被害が一番ひどい時は県外に行くと、汚染された車両を恐れての事か「いわきナンバーお断り」の貼り紙を目にすることもあった。完全な被災者差別であり、泣きたくなるほど悲しい気持ちになったことも一度や二度ではない。
 対して、避難区域の人たちは、逃げて来たいわき市において、そのような差別を受けることはなかっただろう。なぜなら、いわき市民自体が風評被害による差別を感じているぶん、同じ境遇である避難区域の人たちを差別するとは考えにくいからだ。同じ被災者でも、いわき市民と、避難区域の方々は、根本的に違うのである。
 後の軋轢の根っこがここにある。(29ページより)

しかもその軋轢は、賠償金を巡ってさらに泥沼化する。その原因は政府が震災直後、立ち入り禁止エリア(避難指示区域)とそうでない場所(自主避難区域)に分けたことだ。しかし当然のことながら、やがていわき市民の中から、「政府が決めた立ち入り禁止エリアは、本当に科学的な根拠に基づいたものだったのだろうか?」という疑問が湧き上がってくることになる。

ご存じの方も多いと思うが、政府は震災当時、丸い円を描くようにして立ち入り禁止エリアを設定していたのだ。


▼避難指示区域(立ち入り禁止エリア)
原発〜20キロ圏内
原発20キロ超〜30キロ圏内

▼自主避難区域(立ち入りは自由なエリア)
原発30キロ超〜(30〜31ページより)

だがその後、SPEEDI(緊急時迅速放射能予測ネットワークシステム)によるデータ分析の結果、原発付近のみならず、北西方面も被爆の危険が出てくる。そうでなくとも、風によって放射性物質があちこちに飛散しているのなら、丸い円で「危険エリア」を区切ること自体が不自然だ。


そこで、
〈政府や東電としても、立ち入り禁止エリアの区切りが後に原発事故賠償基準に直結することを考慮した場合、大勢の人間を補償の対象としてしまう事は出来なかった理由による政治的線引きだったのであろうか>
 という見立てが出てきたのだ。(31ページより)

この境界線が、そのまま賠償金の支払い基準になった。仮に境界線の範囲が広がれば、それに比例して賠償金も増える。すると東電は深刻な経営危機に陥り、日本経済にも大打撃を与えかねない。そこで政府は、最悪のシナリオを避けるため、賠償金を抑えるギリギリのところで線を引いたのではないかというわけだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アフガン北部でM6.3の地震、20人死亡・数百人負

ワールド

米国防長官が板門店訪問、米韓同盟の強さ象徴と韓国国

ビジネス

仏製造業PMI、10月改定48.8 需要低迷続く

ビジネス

英製造業PMI、10月49.7に改善 ジャガー生産
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 5
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中