最新記事

死後4時間、死んだブタの脳の機能の一部を回復させることに成功した

2019年4月19日(金)17時00分
松岡由希子

体外循環システムを脳につないで細胞死を減らす dusanpetkovic -Youtube

米イェール大学では、このほど、死後4時間経過したブタの脳の機能の一部を回復させることに成功した。これまでの「死」の定義や生死の境界線を揺るがしかねない研究成果でもあることから、大いに注目を集めている。

独自に開発した体外循環システムを脳につないで細胞死を減らす

イェール大学医学大学院のネナド・セスタン教授を中心とする研究チームは、2019年4月17日、「死後4時間経ったブタの脳について、微小循環(毛細血管および細動脈、細静脈での血液の流れ)や細胞機能を回復できた」とする研究成果を学術雑誌「ネイチャー」で発表した。

独自に開発した体外循環システム「ブレイン・イーエックス(BrainEx)」を脳につなぐことで、細胞死を減らし、血管拡張を回復できたほか、自発的なシナプス活動や脳代謝も認められたという。なお、これらの脳において、知覚や気づき、意識にかかわる電気活動は確認されておらず、臨床的には「生きている脳」ではなく「細胞レベルで活発な脳」と定義される。

脳内の細胞死は考えられていたよりも穏やかに起こる

研究チームでは、食肉用に屠殺されたブタ32頭の頭部から脳を取り出し、死後4時間経過してから、6時間にわたって脳の血管系に「ブレイン・イーエックス」をつなぎ、保護剤と安定剤、造影剤を配合した独自の灌流液「BEx」を代用血液として脳の主動脈に送り込んだ。

死後10時間経過したブタの脳の海馬を比較すると、6時間「ブレイン・イーエックス」で灌流した脳は、そのまま放置されたものに比べて、ニューロンや中枢神経系にあるグリア細胞の一種であるアストロサイトが多く生存していた。

matuoka0419b.jpg

死後10時間経過したブタの脳 左は未治療、右は6時間「ブレイン・イーエックス」で灌流した脳 緑色はニューロン、赤色のアストロサイトが多く存在している。Stefano G. Daniele & Zvonimir Vrselja; Sestan Laboratory; Yale School of Medicine

従来、脳は酸素や血液の供給が絶たれると、数秒で電気活動や意識がなくなり、数分以内に貯蔵エネルギーが尽きてしまうと考えられてきた。

血流をただちに回復させなければ、細胞の損傷や組織破壊が起こり、いわゆる脳死となる。セスタン教授は、この研究成果の意義について「脳内の細胞死がこれまで考えられてきたものよりも長時間にわたって緩やかに起こっていることを示すものだ」と記者会見で述べている。

この研究成果は、まだ初期段階のもので、ヒトの脳損傷の治療に直ちに役立つものではなく、研究チームは「この研究で用いた手法を死亡直後のヒトの脳にも適用できるかどうか、現時点ではわからない」との見解を示している。

従来の「死」の定義にも何らかの影響が及ぶ......

しかしながら、「死んだ脳の一部が回復しうる」ことをこの研究成果が示したことで、従来の「死」の定義にも何らかの影響が及ぶ可能性は否定できない。

米デューク大学法科大学院のニタ・ファラハニ教授は、米紙ニューヨーク・タイムズの取材に対して「従来、生と死には明確な境界線がありました。生と死の間の『一部生存』があるとしたら、これをどのように考えればよいのでしょう」と問いを投げかけている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

エヌビディア決算に注目、AI業界の試金石に=今週の

ビジネス

FRB、9月利下げ判断にさらなるデータ必要=セント

ワールド

米、シカゴへ州兵数千人9月動員も 国防総省が計画策

ワールド

ロシア・クルスク原発で一時火災、ウクライナ無人機攻
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋肉は「神経の従者」だった
  • 2
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 3
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」の正体...医師が回答した「人獣共通感染症」とは
  • 4
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 5
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 8
    株価12倍の大勝利...「祖父の七光り」ではなかった、…
  • 9
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 6
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 7
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 8
    「このクマ、絶対爆笑してる」水槽の前に立つ女の子…
  • 9
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 10
    3本足の「親友」を優しく見守る姿が泣ける!ラブラ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中