最新記事

北アイルランド問題

EU離脱、一触即発の危険を捨てきれない北アイルランド

2019年1月29日(火)20時00分
小林恭子(在英ジャーナリスト)

この安全策の設定から抜け出るには、EUと英国の両方の合意が必要と規定され、適用期限は特定されない。英国のブレグジット支持者や政治家は、「半永久的にEUの関税同盟や単一市場に入り続けることになる」といって、安全策に猛烈に反対した。

北アイルランドが英国本土と同様に扱われることを望むプロテスタント系地方政党「北アイルランド統一党(DUP)」も、「絶対に受け入れられない」と突っぱねた。

かくして、政府の離脱協定案は1月15日、下院で賛成202、反対423票という大差で否決された。
 

検問所は格好の攻撃対象

アイルランド島は過去何世紀にもわたり英国の支配下にあったが、カトリック教徒が大部分の南部が1922年に自治領となり、37年に英連邦内の自治領として独立し、49年にアイルランド共和国となっている。プロテスタント系が多い北部6州は英国の一部として残ることを選択した。

約500キロにわたるアイルランドとの国境で検問所の機能が復活すると、北アイルランド紛争の再来にもつながるような暴力事件が起きる可能性がある、と言われている。

なぜそうなるのかというと、ベルファスト合意から21年になるが、いまだに北アイルランドは一触即発状態にあるからだ。

筆者の隣人で北アイルランドの主都ベルファスト出身のクリス・ケネディ氏は、「宗派同士の争いには飽き飽きした。だからロンドンに来た」という。今はエンジニアとして働いている。

母と兄が今もベルファストにいるが、「2度と戻りたくない」。

常にカトリックかプロテスタントかを判断され、うっかりと別の宗派の酒場には行けばトラブルに出会う。通りで「ガンをつけた・つけられた」と言っては、すぐに暴力沙汰になり、「普通の生活ができなかった」という。

ケネディ氏が心配しているのは、国境が復活すること。ベルファスト合意でそれぞれの宗派の民兵組織は武器を廃棄したことになっている。しかし、「まだまだ備蓄があったというのが地元では定説」で、「必ずまた暴力事件が頻発するから」だ。

筆者自身、何度も北アイルランドを訪れたことがあるが、最初にベルファストに足を運んだ時の衝撃が忘れられない。ロンドンや英国のほかの主要都市と変わらない繁華街、ビジネス街の賑わいがある一方で、プロテスタント系あるいはカトリック系民兵組織を称賛するようなテーマを描いた壁画があちこちで目に付く。例えば、覆面をかぶり、銃を手に持つ男性の姿が描かれている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独ZEW景気期待指数、12月は45.8に上昇 予想

ワールド

ウクライナ提案のクリスマス停戦、和平合意成立次第=

ビジネス

EUの炭素国境調整措置、自動車部品や冷蔵庫などに拡

ビジネス

EU、自動車業界の圧力でエンジン車禁止を緩和へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中