最新記事

イスラム教

フィリピン南部にイスラム教徒の自治政府が誕生? 住民投票実施したドゥテルテの狙いとは

2019年1月22日(火)17時35分
大塚智彦(PanAsiaNews)


2017年5月イスラム武装組織がミンダナオ島マラウィ市を武装占拠し、フィリピン国軍と激しい戦闘状態になった。 ABS-CBN News / YouTube

背景にドゥテルテ大統領の強い決意

2016年6月30日に発足したドゥテルテ政権は、麻薬問題や犯罪、汚職対策と並んで「モロに対する歴史的不正義を正す」としてミンダナオ地方などでのイスラム教徒対策を政権の最重要課題に挙げて、政権発足直後からこの問題に取り組んできた。

法律名となっている「バンサモロ」はマレー語で国家や民族を表す「バンサ」とスペイン植民地時代にイスラム教徒に付けられた蔑称の「モロ」からなる。フィリピンのイスラム教徒はこの蔑称を「植民地政府」、独立後は「中央政府」への抵抗のシンボルとして使い続けてきた経緯がある。

こうしたドゥテルテ政権の積極的な動きの背景には、ドゥテルテ大統領がフィリピン初のミンダナオ島出身の大統領で、祖母はモロのマラナオ人であり、イスラム教徒への偏見や先入観がほとんどないという大統領自身の個人的資質と思惑があるとされる。

2018年7月にドゥテルテ大統領が「バンサモロ基本法」に署名、成立したことで、イスラム自治政府構想が一気に動きだし、大統領は自ら掲げた「モロの人びとに対する歴史的不正義を正す」ことの実現にようやく漕ぎつけたのだった。

今回の住民投票では、大半の自治体で賛成が過半数を獲得して自治政府に編入されるものとみられているが、キリスト教徒などの非イスラム教徒が約30%を占めるコタバト市などでは反対も多く、その開票結果が注目されている。

イスラム過激派、テロ組織を孤立化

こうした動きの一方で、「バンサモロ基本法」はイスラム教徒の意向を汲んだものであることから、当然のことながら非イスラム教徒の反対や、地域の調和や和平への影響からイスラム教徒の中にも反対論があり、なお紆余曲折が予想されている。

投票日を前にした1月20日にはコタバト市の地裁判事の自宅に手榴弾が投げ込まれたりする事件も起きている。現地からの報道によるとこの判事の兄が自治体加入に否定的とされるコタバト市長の秘書を務めていることから嫌がらせを受けたものとみて警察が捜査しているという。またコタバト市では発砲事件も報告されているが、いずれの事案も死傷者はでていない模様だ。

今回の住民投票での結果を受けて2月6日には北ラナオ州やコタバト州の一部地域で2回目の投票が行われて自治政府に編入される地域が最終的に確定する見通しという。

ミンダナオ島では2017年5月に中東のテロ組織「イスラム国(IS)」を信奉する地元犯罪組織の「マウテグループ」とイスラム武装組織「アブサヤフ」のメンバーがマラウィ市を武装占拠。フィリピン国軍が同年10月に同市を奪還解放するまで戦闘を続ける武力衝突も起きている。

ドゥテルテ大統領はこうした和平を望まないイスラム武装勢力やテロ組織を孤立させ、テロを防止するためにも「バンサモロ基本法」は効果的であるとして、「イスラム穏健派を和平に取り込むことで(強硬派を)抑えこむ解毒剤の役割を期待する」と同法にかける意気込みを表明している。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

ニューズウィーク日本版 「外国人問題」徹底研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年1月27号(1月20日発売)は「『外国人問題』徹底研究」特集。「外国人問題」は事実か錯覚か。移民/不動産/留学生/観光客/参政権/社会保障/治安――7つの争点を国際比較で大激論

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国・イタリア首脳が会談、AI・半導体など協力強化

ワールド

訂正-コロンビアで左翼ゲリラ同士が衝突、27人死亡

ワールド

グアテマラ刑務所で暴動、刑務官ら一時人質 治安非常

ビジネス

新発10年債利回り2.24%に上昇、27年ぶり高水
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
2026年1月20日号(1/14発売)

深夜の精密攻撃でマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ米大統領の本当の狙いは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰に地政学リスク、その圧倒的な強みとは?
  • 2
    中国のインフラ建設にインドが反発、ヒマラヤ奥地で国境問題が再燃
  • 3
    DNAが「全て」ではなかった...親の「後天的な特徴」も子に受け継がれ、体質や発症リスクに影響 群馬大グループが発表
  • 4
    シャーロット英王女、「カリスマ的な貫禄」を見せつ…
  • 5
    AIがついに人類に「牙をむいた」...中国系組織の「サ…
  • 6
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 7
    「リラックス」は体を壊す...ケガを防ぐ「しなやかな…
  • 8
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世…
  • 9
    中国ネトウヨが「盗賊」と呼んだ大英博物館に感謝し…
  • 10
    【総選挙予測:自民は圧勝せず】立憲・公明連合は投…
  • 1
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率が低い」のはどこ?
  • 2
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 3
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試掘の重要性 日本発の希少資源採取技術は他にも
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 6
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 7
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 8
    「高額すぎる...」ポケモンとレゴのコラボ商品に広が…
  • 9
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 10
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手が…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中