最新記事

シリア情勢

米軍撤退決定は、シリアにとってどういう意味を持つのか?

2018年12月26日(水)15時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

トルコ国境でクルドのYPG(人民防衛隊) と話す米軍 2017年 REUTERS/Rodi Said

<トランプ大統領が決定したシリア駐留米軍の即時完全撤退。シリアでのこれまでの米国の政策を振り返りつつ、その決定の意味を考える>

米ホワイト・ハウスは12月19日、シリアに駐留米軍の即時完全撤退を決定し、一部の部隊の撤退を開始したと発表した。この決定は、政権内の不協和音やドナルド・トランプ大統領の独断と捉えられ、米国政治の文脈のなかで語られることが多い。だが、当のシリアにとって、それはどのような意味を持つのか?

米国の政策によって助長されてきたシリア内戦の複雑さ

有志連合を率いてイスラーム国に対する爆撃を行ってきた米国が、バラク・オバマ前政権時代からシリアに特殊部隊や国務省職員を駐留させてきたことは意外と知られていない。その第1の目的は、いわゆる「穏健な反体制派」の支援にあった。だが「独裁」打倒をめざしていたはずの武装集団が、シャームの民のヌスラ戦線(現シャーム解放機構)に代表されるアル=カーイダ系組織との共闘を躊躇しなかったため、それはテロ支援と同義だった。しかも、オバマ前政権は、シリア政府の存続が既定路線となるなか、同政府ではなく、イスラーム国と戦うことを反体制派に強いていった。

第2の目的は、イスラーム国と戦う「協力部隊」の支援で、その対象となったのがシリア民主軍(SDF)だった。SDFは、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が結成した人民防衛隊(YPG)を主体とする武装組織だ。米国は、彼らに武器供与や技術支援を行うとともに、2,000人規模の部隊を常駐させ、各地に基地を建設していった。トルコ国営のアナトリア通信(2017年7月19日付)によると、SDFが制圧した北東部には、二つの航空基地を含む10の基地が設置された。

aoyamamap1226.jpg

シリア国内の米軍基地(出所:アナトリア通信をもとに筆者作成)

米国は、特殊部隊や空挺部隊を派遣し、イスラーム国を直接排除することもあった。2016年3月には、イラクとの国境に面するヒムス県南東部のタンフ国境通行所からイスラーム国を駆逐し、有志連合の基地を設置、周辺地域(55キロ地帯)を実質占領した。シリア内戦は複雑だと言われることが多いが、その複雑さはこうした米国の政策によって助長されていった。

イスラーム国の撲滅に注力したトランプ大統領

トランプ大統領は、イスラーム国の撲滅に注力することで、矛盾に満ちた前政権の政策を「矯正」した。これにより、SDFと有志連合は、イスラーム国の首都と称されたラッカ市を含むユーフラテス川以東地域を手中に収めた。その一方で、西欧諸国、サウジアラビア、ヨルダンの諜報機関と共にCIAが設置した軍事作戦司令部(MOC)は廃止され、「穏健な反体制派」支援は、55キロ地帯で活動する一部の武装集団を除いて打ち切られた。

トランプ政権は2017年4月と今年4月に、シリア軍が化学兵器を使用したと断じ、2度にわたりミサイル攻撃を行った。だが、それがシリア国内の政治・軍事バランスに変化をもたらすことはなかった。オバマ前政権時代と同様、化学兵器が争点となることで、バッシャール・アサド大統領の進退は不問とされた。

イスラーム国が2017年末までに弱体化すると、トランプ大統領はシリアからの撤退を示唆するようになった。だが、イスラーム国に対する勝利宣言は見送られた。「テロとの戦い」が終われば、シリアでの米軍の活動を正当化する根拠は失われるためだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

豪経済見通し、現時点でバランス取れている=中銀総裁

ワールド

原油先物横ばい、前日の上昇維持 ロシア製油所攻撃受

ワールド

クックFRB理事の解任認めず、米控訴裁が地裁判断支

ワールド

スウェーデン防衛費、対GDP比2.8%に拡大へ 2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中