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腸内細菌で高める免疫パワー最前線

Boosting Immunity Through Gut Bacteria

2018年12月20日(木)11時00分
井口景子

SOLSTOCK/ISTOCKPHOTO

<「免疫の司令塔」として注目される腸を舞台に乳酸菌が免疫力を上げる仕組みが明らかに腸内環境と免疫系のコラボが医学の常識を変える?>

よく寝てよく食べて風邪を撃退、水疱ぼうそう瘡に一度かかったら二度とかからない、花粉症で目がかゆい......。こうした現象はどれも免疫のなせる業。異物を認識して排除する免疫の働きは、人体の健康維持に不可欠な機能だ。

そんな免疫をつかさどる存在として最近、研究者たちの関心を集めているのが腸だ。腸には免疫細胞の実に6〜7割が密集しており、消化器官であると同時に「免疫の司令塔」としてもフル稼働している。

各種の免疫細胞に加えて、腸にはもう一つ、健康維持に不可欠な存在がある。ヒトの腸管には500種類、100兆個ともいわれる腸内細菌が生息。侵入してきた病原体の増殖を抑えたり、住み着くのを邪魔したりしながら一種の生態系である腸内細菌叢そ う(腸内フローラ)を作り上げているのだ。

免疫細胞と腸内細菌。腸に潜むこの2つは、かつては「敵対」する存在と見なされ、腸に免疫系が集中しているのは腸内細菌と戦うためと考えられていた。しかし研究が進むにつれて、両者はむしろさまざまな形で協力しており、免疫系の仕事と思われてきた全身の健康維持に腸内細菌も深く関与していることが明らかに。このコラボに着目し、腸内環境の力を借りて効果的に免疫力を高めようという研究も日進月歩で進んでいる。

腸内細菌叢は人それぞれ異なり、年齢によっても変化するが、最も影響が大きいのは食事などの環境要因と言われる。そこで注目されるのが、食品やサプリを通じて必要なプロバイオティクス(腸内環境を改善する微生物)を追加摂取するという考え方だ。

R-1乳酸菌の多糖体がカギ

代表格は乳酸菌。ヨーグルトに多く含まれる乳酸菌には整腸作用に加えて、免疫を上げる作用もあることは昔から指摘されてきた。20世紀初頭に免疫の研究でノーベル賞を受賞したロシア人生物学者イリヤ・メチニコフは、ブルガリア人が健康で長寿な点に着目し、彼らがよく食べるヨーグルト中のブルガリア菌の効能を説いた。

とはいえ、乳酸菌が免疫系を活性化するメカニズムが科学的に解明されたのは最近のことだ。鍵となるのは、乳酸菌が産生する「多糖体」。これはネバネバの元になる食物繊維の仲間で、同じく多糖体を多く含む長いも、もずく、オクラ、モロヘイヤなどにも免疫を高める効果があると考えられる。

口から腸に入った多糖体は、小腸の腸管粘膜に点在するM細胞によって体内に取り込まれ、粘膜直下で待機する樹状細胞(免疫細胞の一種)に渡される(M細胞は腸内細菌の代謝産物や死骸、病原体などを、形や性質を変えることなく体内に取り込む能力を持つ)。

多糖体を認識した樹状細胞は、免疫機能を調節するたんぱく質「インターフェロンγ」を活性化。これが主要な免疫細胞のナチュラルキラー(NK)細胞を刺激し、病原体や癌細胞を攻撃させると考えられている。NK細胞の活性が高い人は感染症にかかりにくく、発癌率も低い。

「免疫を上げるといわれている食品はいろいろとあるが、腸内で直接的に免疫活性を高めるメカニズムが判明し、その効果が確認されているという点で乳酸菌は特異な存在だ」と、順天堂大学大学院・研究基盤センターの竹田和由准教授は言う。

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