最新記事

シリア内戦

宿敵イスラエルがシリア人負傷者を救う「善き隣人作戦」

Best Frenemies

2018年10月10日(水)17時30分
ヤルデナ・シュワルツ

ユダヤ人も援助を支持

イスラエル軍は手始めに個々の活動家や支援ワーカーと手を組み、その後シリアの穏健な反政府派と連携するようになった。シリア政府軍の元兵士らが結成した「自由シリア軍」もその1つ。「われわれは彼らに人道支援を約束した。その代わり反政府運動がテロ組織に乗っ取られないようにしてくれ、と」

13年以降、イスラエルの国営病院で治療を受けたシリア人負傷者は5000人を超える。加えて国境地帯でイスラエル軍が運営する野戦病院などで、少なくとも7000人が治療を受けた。イスラエル当局は、17年だけで3100万ドル余りの対シリア支援を行ったと発表している。

ガリラヤ医療センターではこれまでに2500人のシリア人を治療してきたが、うち1000人はこの1年に運び込まれた人たちだ。イスラエルで手厚い看護を受けたという話が口コミで広がり、シリア人患者がどっと押し寄せるようになったと、外科医のエヤル・セラは話す。セラが治療した子供の母親は、「わが家では、イスラエルという言葉は禁句でした」と打ち明けたという。

イスラエルの多くの病院と同様、ガリラヤ医療センターでもスタッフの半数はユダヤ人、半数はアラブ人だ。「ユダヤ人とアラブ人が仲良く一緒に働いているのを見て、シリア人の患者は驚き、イスラエルへの見方を変える」と、セラは言う。

このセンターでは、退院するシリア人には帰国後に配慮して、ヘブライ語ではなくアラビア語で書かれた医療記録を渡す。負傷の程度によって、イスラエル人患者よりシリア人患者の治療を優先することもよくある。

webw181010-syria.jpg

首都ダマスカス近郊の東グータも陥落 Dia al-din Samout-Anadolu Agency/GETTY IMAGES

当初「善き隣人作戦」には、シリア人以上にイスラエル軍関係者のほうが懐疑的だった。「既存の枠から外れたアイデアはなかなか受け入れられない」と、モレノは言う。「軍隊は愛と平和の組織ではないから」

セラも最初は抵抗を感じたが、今ではシリア人患者の受け入れを「ごく当然のこと」と思っている。イスラエルの世論も同様だ。イスラエル民主主義研究所が7月に実施した世論調査では、イスラエルのユダヤ人の78%がシリア人への人道支援を支持。ただし、シリア難民の受け入れを拒否する政府の姿勢を支持する人も80%に上った。シリア人患者は治療が終わりしだい出国を迫られる。

受けた恩義は忘れない

イスラエルの援助はただの善行ではなく、戦火の飛び火を防ぐ現実的な戦略でもある。この戦略は奏功し、イスラエル兵はシリアの反政府派から1発の銃弾も浴びていない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中が閣僚級電話会談、貿易戦争緩和への取り組み協議

ワールド

米、台湾・南シナ海での衝突回避に同盟国に負担増要請

ビジネス

モルガンSも米利下げ予想、12月に0.25% 据え

ワールド

トランプ氏に「FIFA平和賞」、W杯抽選会で発表
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開きコーデ」にネット騒然
  • 4
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 9
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中