最新記事

医療

ジカ熱のウイルス、脳腫瘍の治療に光明か──病原体をヒトの健康に役立てる

2018年10月5日(金)16時05分
松丸さとみ

ジカ熱のウイルス、脳腫瘍の治療に光明か (イメージ)nopparit-iStock

<2〜3年前、南米を中心に猛威をふるったジカ熱だが、このウイルスが、治療が困難とされている脳腫瘍の1つ、膠芽腫治療に有効である可能性が示されたとする発表があった>

ジカ熱と小頭症の関係に着目

数年前に南米を中心に猛威を振るったジカ熱のウイルスが、がん治療に役立つ可能性が出てきた。

久しぶりにジカ熱という言葉を聞いた人も多いかもしれない。ジカ熱は「ジカウイルス感染症」といい、ジカウイルスによって引き起こされる。主に蚊から感染するが、母子感染もあり、ジカ熱にかかった妊婦から生まれた子と小頭症との関連が疑われている。ブラジルではジカ熱が流行していた2015年、新生児に小頭症が増加したため、2015年11月に政府が公衆衛生上の緊急事態を宣言した(WHO)。

そんなジカウイルスなのだが、このほど、がんの中でも致死率が高く治療が困難とされている脳腫瘍の1つ、膠芽腫(こうがしゅ)の治療に有効である可能性が示されたとする発表があった。実験の結果は、米国微生物学会(ASM)の公式サイトに掲載されている。

米医療情報サイト、メディカル・エクスプレスによると、実験を行ったのは米テキサス大学医学部ガルベストン校のペイ・ヨン・シー教授と中国の軍事医学科学院チェン・フォン・チン博士のチームだ。

シー教授らは、胎児の神経前駆細胞に感染して小頭症という破壊的な状態にしてしまうジカウイルスを、似たような性質を持つ膠芽腫の幹細胞を狙うように使えないかと考えたという。そこで、不活性化された害のないジカウイルスを使用して実験を行った。

実験では、培養組織とマウスのモデルのいずれにおいても、ジカウイルスが膠芽腫の幹細胞を攻撃することが確認できた。ウイルスは健康的な脳のニューロン(神経細胞)よりも腫瘍の細胞の方を効果的に攻撃したという。

マウスを用いた実験では、ワクチンを膠芽腫の幹細胞のサンプルと混ぜ、それをマウスの脳に注入した。比較対象として別のマウスには、ワクチンを混ぜていない膠芽腫の幹細胞だけを注入した。その結果、ワクチンが混ざっていない膠芽腫の幹細胞を注入されたマウスではすぐに膠芽腫が表れたが、ワクチンが入ったものを注入されたマウスは膠芽腫の進行がかなり遅かった。ワクチンがない膠芽腫のマウスの生存日数は平均で30日だったが、ワクチン入りの膠芽腫のマウスは平均で50日だった。

病原体を人の健康に役立てる

先日81歳で亡くなった米上院議員のジョン・マケイン氏も膠芽腫だった。膠芽腫は脳腫瘍の中でも、致死率が非常に高い。米科学誌ポピュラーサイエンスによると、患者は発症から2年以内に亡くなることが多く、5年以上の生存率は3〜5%。たとえ膠芽腫を手術で切除した上で放射線治療や化学療法を行ったとしても、腫瘍が再発してしまうことが多いのだという。膠芽腫が取り除かれたように見えても実は健康な脳細胞の陰にうまく隠れており、時間の経過とともに再び増えていくからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バングラ総選挙、来年2月に前倒しの可能性 ユヌス首

ビジネス

ユーロ高大きく懸念せず、インフレ下振れリスク限定的

ワールド

G7、ロシアに圧力強化必要 中東衝突は交渉で解決を

ワールド

米ミネソタ州議員銃撃、容疑者逮捕 標的リストに知事
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中