最新記事

日朝関係

「慰安婦像」計画を却下した金正恩が、強硬路線に方針転換か

2018年8月16日(木)12時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

一時は日本との関係改善を期待して慰安婦像計画を不許可にした金正恩だが…… KCNA-REUTERS 

<日本からの戦後賠償と韓国の孤立化を狙って日本との関係改善を図った金正恩だが、南北対話が進むいま、対日強硬路線へと転換したようだ>

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)は昨年5月、北朝鮮国内からの情報に基づき、同国で慰安婦像を建てる計画が持ち上がったものの、金正恩党委員長が不許可にしたと伝えた。

北朝鮮では2016年6月、朝鮮戦争の開戦記念日に合わせて思想教育の「中央階級教養館」が開館した。RFAが咸鏡北道(ハムギョンブクト)のメディア関係者の話として報じたところでは、朝鮮労働党宣伝扇動部は当初、この施設の入口脇に慰安婦の銅像を建てることを計画。複数の図面を作成して、金正恩氏の裁可を得ようとした。

ところが、金正恩氏はこれを不許可とし、さらには日本軍の行った様々な残虐行為を示す展示内容を大幅に減らすよう指示したという。

その結果、同施設の展示物は米国を非難する内容のものが大部分を占めることに。宣伝扇動部の内部では「名前を『階級教養館』から『反米教養館』に変えたほうがいいのではないか」との声が上がるほどだったという。

金正恩氏はなぜ慰安婦像の建設に反対したのだろうか。北朝鮮の国境地域の司法機関の関係者によると、金正恩氏は次のような考えを示したという。

「日本との関係を改善し、過去の植民地支配に対する賠償金を得て、韓国を孤立に追い込みたい。そのためには日本をむやみに刺激することは控えるべきだ」

2016年6月と言えば、金正恩氏が敵愾心をむき出しにした韓国の朴槿恵前政権が健在だったころだ。また、日本の大阪に母親のルーツがある金正恩氏がこのような戦略を描いていたとしても、決して不思議ではない。

参考記事:金正恩と大阪を結ぶ奇しき血脈

しかし韓国の政権が交代し、朝鮮半島がすっかり対話ムードに包まれている今、金正恩氏はどうやら方針を転換することにしたようだ。

朝鮮労働党機関紙・労働新聞は3月11日、「日本は絶対に戦犯国の汚名をすすげない」なるタイトルの論評で、韓国で開かれた国際カンファレンスで、慰安婦が虐殺されたとするショッキングな映像が初公開されたことに言及した。

参考記事:【動画】日本軍に虐殺された朝鮮人従軍慰安婦とされる映像

そして今月14日、北朝鮮の朝鮮日本軍性奴隷・強制連行被害者問題対策委員会(朝対委)は、戦時中に北東部・咸鏡北道(ハムギョンブクト)の慶興(キョンフン)郡・慶興面に日本軍の「慰安所」があったことを確認したとし、調査報告書を発表した。

これを伝えた朝鮮中央通信によれば、朝対委は日本の統治時代に朝鮮半島で生まれ育ったとされる日本人女性、ナカムラ・スミエさん(92歳)の目撃証言を入手。現地での聞き取り調査などから、慶興郡に駐屯していた日本軍羅南第19師団所属慶興国境守備隊と憲兵隊の専用「慰安所」として建てられ、その他の日本軍部隊にも使われていたことが確認されたとしている。

この情報の精度については今後の検証を待つほかないが、報告書はまた、「朝鮮人民は日本の過去清算に関する責任を最後まで追及し、朝鮮民族が日本によって受けたむごい不幸と苦痛、羞恥と被害に対する代価を必ず百倍、千倍にして払わせるであろう」と強調しているという。

いずれにせよ、遅かれ早かれ出てくる展開ではあったということだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ブラジル中銀が金利据え置き、2会合連続 長期据え置

ビジネス

FRB議長、「第3の使命」長期金利安定化は間接的に

ワールド

アルゼンチンGDP、第2四半期は6.3%増

ビジネス

米大手銀、最優遇貸出金利引き下げ FRB利下げ受け
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中