最新記事

貿易戦争

米中貿易戦争で「漁夫の利」を得るEU

Europe’s Trade Coup

2018年8月23日(木)17時30分
ダニエル・グロー(欧州政策研究センター所長)

ドイツ北西部の港湾で出荷を待つフォルクスワーゲンの車 FABIAN BIMMER-REUTERS

<対中制裁強化のためEUと手を打ったトランプ、おかげで欧州勢は対米輸出で中国を出し抜ける>

一時は本格的な貿易戦争に突入しかねなかったアメリカとEU。しかし今、前線は静まり返っている。

欧州委員会のジャンクロード・ユンケル委員長が7月末にドナルド・トランプ米大統領と会談し、合意に達したからだ。両者の合意は世界を驚かせたが、よく考えれば当然の帰結だった。

合意の核心は「自動車を除く製品の関税ゼロ、非関税障壁ゼロ、補助金ゼロに向けて協力すること」。米欧間の交渉が進む間は新たな貿易障壁を設けないことになった。つまり自動車関税も棚上げされたわけだ。

注目すべきは、米欧が自由貿易協定の取りまとめに向けて交渉を行うことではない。トランプがEUの鉄鋼・アルミ製品に輸入関税を課したことから始まった「目には目を」の報復合戦のエスカレートを、トランプ・ユンケル合意が止めたことだ。

アメリカの大統領は、自国の安全保障が脅かされる可能性があれば、関税などの貿易障壁を一方的に設ける権限を持つ。だからトランプは議会の意向などお構いなしに独断で貿易戦争の火ぶたを切った。しかし貿易協定を結ぶには議会の承認が必要だ。協定には国内の多種多様な産業の利害が絡むため、工業製品に限定した取り決めであっても、そう簡単に話がまとまることはあり得ない。

貿易が国家経済に大きな位置を占めていれば、自由貿易協定は世論の支持を得やすい。その経済的な恩恵が、国内産業に与える打撃を上回るからだ。

しかしアメリカ経済における貿易の比重はそれほど大きくない。トランプは「メイド・イン・USA」をせっせと他国に売り込んでいるが、GDPに占める輸出の割合は10%足らず。輸出産業の直接的な雇用がアメリカの雇用全体に占める割合も微々たるものだ。

これとは対照的に、EU加盟国の大半では輸出がGDPのかなりの割合を占め、ドイツでは40%近くに上る。経済が貿易頼みであれば、貿易自由化のメリットは国民にも理解されやすい。だからこそEUは長年、米欧自由貿易協定の締結に意欲を燃やしてきた。

報道によれば、ユンケルは自動車関税を回避するため、トランプに「大幅な譲歩」をして、アメリカ産大豆を大量に買うことになったという。だが実は、大豆の輸入拡大でEUはちっとも損をしていない。中国がアメリカへの報復措置として追加関税をかけたため、アメリカ産大豆は中国市場から締め出されて価格が下落。EUは安くなった大豆を大量に買い付けただけだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アルミに供給不安、アフリカ製錬所が来年操業休止 欧

ビジネス

川崎重社長、防衛事業の売上高見通し上振れ 高市政権

ワールド

インド中銀総裁「低金利は長期間続く」=FT

ビジネス

シャドーバンキング、世界金融資産の51% 従来型の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 7
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中