最新記事

米朝首脳会談

金正恩の「変化」が見える中国機の写真

2018年6月12日(火)11時10分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

中国の要人専用機でシンガポールに到着した金正恩 KCNA-REUTERS

<金正恩が中国の要人専用機でシンガポール入りした写真を配信したことは、北朝鮮外交のある種の「変化」を感じさせる>

北朝鮮国営の朝鮮中央通信は11日午前、金正恩党委員長がトランプ米大統領との首脳会談のため、10日にシンガポール入りしたことを伝えた。

同通信は、金正恩氏の出発を伝えた記事で「史上初めて行われる朝米首脳会談では、変化した時代の要求に応じて新しい朝米関係を樹立し、朝鮮半島の恒久的で強固な平和体制を構築する問題、朝鮮半島の非核化を実現する問題をはじめ、互いに関心を寄せる問題に対する幅広く深みのある意見が交換される」として、首脳会談の意義を強調した。

こうした文言にも増して興味深いのが、同通信が、金正恩氏が中国の要人専用機でシンガポール入りした事実を報道。中国国旗がデカデカとマーキングされた機体の写真(記事冒頭)まで配信したことだ。

北朝鮮のメディア戦略は、金正恩氏が直接指揮を取っている可能性が高く、この写真を配信したのも本人の意思によるものと見て間違いなかろう。

参考記事:金正恩氏が自分の"ヘンな写真"をせっせと公開するのはナゼなのか

金正恩氏の祖父・金日成主席から金正恩総書記へと続いてきた金王朝は、やたらとプライドが高いのが特徴だ。どんなに苦しくとも「世界にうらやむものはない」との自負を捨てなかった。もちろん、どんなに見栄を張ってみたところで、本当の姿はすぐにバレる。それでも北朝鮮は、自国や最高指導者にとって都合の悪いものが写真や映像に写らないようにしたり、あるいはすでに写っているものを消したりして、体裁を取り繕ってきた。

そのような経緯から言えば、朝鮮中央通信が中国機の写真を配信したのは異例と言える。中国国旗が写らないようにするのはいくらでも可能だし、写るにしても「さりげない」範囲に止めるのも簡単だ。敢えてそれをしなかったのは、米国との首脳会談実現に協力した中国への敬意の表れと見るべきだろう。

北朝鮮メディアは少し前まで、経済制裁で米国と歩調を合わせる中国を繰り返し非難していた。「裏切り者」呼ばわりしたこともある。両国の関係が改善したのは、この春からのことだ。

金正恩氏がこのようなしおらしい態度を取るようになったキッカケのひとつが、トランプ氏による首脳会談の「中止表明」であるのは間違いない。金正恩氏はこれを受けて、「外交のやり方を変えろ」との指示を下したとされる。

今回の写真は金正恩氏、あるいは北朝鮮外交のある種の「変化」を示す、物的証拠と言えるかもしれない。

ではこの写真は、金正恩氏が傍若無人な独裁者から礼儀正しい洗練された指導者へと、本質的な変化を遂げたことを示しているのだろうか。現時点で、そのように考えるのは危険だろう。これは、国際社会から受け入れられるために見せている「外面(そとづら)」であると見るべきだ。北朝鮮は、米国や韓国との対話で自国の人権侵害に触れられることを頑なに拒否している。

参考記事:あの話だけはしないで欲しい...金正恩氏、トランプ大統領に懇願か

それはつまり、残忍な独裁者としての国民への態度を変える気はないということだ。また、今回のような写真1枚が金正恩氏のイメージをソフトなものに変えてしまいそうになるのは、従来の姿がいかに横暴なものであるかの反証に過ぎないのである。


[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

原油先物続伸し3%超上昇、イラン・イスラエルの攻撃

ビジネス

ECB、2%のインフレ目標は達成可能─ラガルド総裁

ワールド

トランプ氏、イラン・イスラエル和平を楽観視 プーチ

ワールド

ネタニヤフ氏、イランの体制崩壊も視野 「脅威取り除
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中