最新記事

アメリカ

普通の大国として振舞うトランプ外交誕生の文脈──アメリカン・ナショナリズムの反撃(2)

2018年6月15日(金)11時45分
中山俊宏(慶應義塾大学総合政策学部教授)※アステイオン88より転載

しかし、そうしたオバマ大統領の後を受けて大統領に就任したドナルド・トランプは、さらにはっきりとウィルソン主義と決別した。トランプ大統領は、ロバート・ケーガンの表現を借りれば、「ワールド・オーダー・ビジネス」から撤退し、むしろ普通の大国として、他の国もそうしているように、普通に、そして身勝手に振舞わせてもらうと居直った(17)。トランプが回帰したのは、ウィルソンが「リベラル・インターナショナリズム」の狼煙を上げる以前の、保護主義、単独主義、大陸主義、そして重商主義に特徴づけられる外交政策だった(18)。本稿では、それを仮にデイヴィソニアンと呼んでみた。トランプにとって、アメリカをアメリカたらしめているのは、その理念ではなく、むしろスーパーパワーであることそのものであり、その地位に挑戦しようとする国は、パートナーにはなりえず、リビジョニストか戦略的な競争相手、もしくはライバルでしかなかった。中国とロシアは、それぞれ国家安全保障戦略(NSS2017)、国家防衛戦略(NDS2018)、そして一般教書演説において、まさにそのように位置づけられた。もはや国際社会は、協力や協調を通じてなにかを実現していく場ではなく、ゼロサム的な競争的世界としてしか認識されなかった。

政権が発足して数カ月たち、H ・R ・マクマスター安全保障担当大統領補佐官とゲーリー・コーン前経済担当大統領補佐官の二人がウォール・ストリート・ジャーナル紙に寄稿したコラムで、アメリカ・ファーストのエッセンスを簡潔に語っている(19)。世界は、グローバルなコミュニティではなく、国家、非国家組織、そしてビジネスが競合する場であり、そういう場でアメリカの国益を最大化することこそが「アメリカ・ファースト」であると述べている。それは、まさに、「アメリカン・ナショナリズム」の宣言であり、その後、随所で同じメッセージが繰り返されている。

※続きはこちら:世界はウィルソンが提唱した方向に向かっている──アメリカン・ナショナリズムの反撃(3)

[注]
(9)Tony Smith, Why Wilson Matters: The Origin of American Liberal Internationalism and Its Crisis Today (Princeton: Princeton University Press, 2017), xiv.
(10)John Milton Cooper, Jr. and Thomas J. Knock, eds., Jefferson, Lincoln, and Wilson: The American Dilemma of Race and Democracy (Charlottesville: University of Virginia Press, 2010).
(11)Smith, Why Wilson Matters.
(12)Mead, Special Providence, p. 168.
(13)冷戦後の「収斂(convergence)」への期待については、Thomas J. Wright, All Measures Short of War: The Contest for the 21st Century & The Future of American Power (New Haven: Yale University Press, 2017) の第一章を参照。
(14)ここでは、フクヤマ本人が自称ウィルソン主義者であったかどうかが問題なのではなく、フクヤマの言説が担った機能に着目している。なお、フクヤマは、二〇〇〇年代のイラクへの介入を批判する文脈で「現実的ウィルソン主義(realistic Wilsonianism)」を提唱している。Cf., Francis Fukuyama, America at the Crossroads: Democracy, Power and the Neoconservative Legacy (New Haven: Yale University Press, 2007).
(15)ブッシュ大統領は、二〇〇三年二月、アメリカン・エンタープライズ研究所で、イラクへの介入を訴える演説を行なっている。この演説で、ブッシュ大統領は、ジェファーソニアン・デモクラシーという言葉は用いていないものの、繰り返しデモクラシーとフリーダムに言及し、アメリカの歴史的使命について語っている。George W. Bush, "President Discusses Future of Iraq," February 23, 2003 , February 14, 2018.
(16)オバマ大統領は、決してアメリカ例外主義について語らなかったわけではない。国としての歩みという点では、例外的だったことを躊躇なく肯定する。しかし、ウィルソン主義的な意味でアメリカが使命を帯びているかといえば、決してそうは考えていなかった。Greg Jaffe, "Obama's New Patriotism: How Obama has used his presidency to redefine 'American exceptionalism'," Washington Post, June 3, 2015.
(17)Robert Kagan, "Trump marks the end of America as world's'indispensable nation'," Financial Times, November 20, 2016.
(18)Hal Brands, American Grand Strategy in the Age of Trump (Washington, D.C.: Brookings Institution Press, 2017), p. 84.
(19)H.R. McMaster and Gary D. Cohn, "America First Doesn't Mean America Alone," Wall Street Journal, May 30, 2017.

中山俊宏(Toshihiro Nakayama)
1967年生まれ。青山学院大学大学院国際政治経済学研究科博士課程修了。博士(国際政治学)。津田塾大学国際関係学科准教授、青山学院大学国際政治経済学部教授を経て、現職。専門は、アメリカ政治・外交。著書に『アメリカン・イデオロギー―保守主義運動と政治的分断』『介入するアメリカ―理念国家の世界観』(ともに勁草書房)などがある。

当記事は「アステイオン88」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg



『アステイオン88』
 特集「リベラルな国際秩序の終わり?」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ南部ザポリージャで14人負傷、ロシアの攻

ビジネス

アマゾン、第1四半期はクラウド部門売上高さえず 株

ビジネス

アップル、関税で4─6月に9億ドルコスト増 影響抑

ワールド

トランプ政権、零細事業者への関税適用免除を否定 大
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中