最新記事

BOOKS

日給1300円も普通!? 非正規・派遣が崖っぷちになる年齢は...

2018年6月29日(金)16時25分
印南敦史(作家、書評家)

では、なぜこうした分かりにくい書き方をするのだろう? 著者によれば、目的は「錯覚」だ。昼間の8時間労働で、非正規はなかなか日当1万円を稼ぐことができない。「それと比べれば好条件だな」と錯覚させることを狙った条件提示だというのである。


 夜に駅に集まりワゴン車で送り込まれると聞くと、昭和のタコ部屋労働を彷彿とさせる。連日の徹夜勤務というのは、中国内陸部の農村から上海などの大都会に出て、地下室に住みながら工場で働く、中国の出稼ぎ労働者と同じ条件だ。
 拘束時間といい賃金といい待遇といい、あらゆる面で違法な労働条件で、欧米であれば政府や州の労働当局が動き、社会問題になるのではないか。行政の規制が緩く労働者が従順という日本ならではの現場だろう。このネット通販企業はこの後も非正規倉庫要員の大量募集を何度も繰り返している。(23ページより)

仕事のため、数年前から月に数回のペースで小田原を訪れてきた私は、このネット通販企業の名を表示した大型バスが川沿いの倉庫に向かう光景を何度も目にしている。ワゴン車ではなくバスだったので、乗っていたのは地元の労働者だったのかもしれない。が、いずれにしても、その光景と、著者による上記の文章は見事に結びついてしまうのだった。

さて、本書においては著者が実際に見て、体験した「現実」が赤裸々に明かされており、そのひとつひとつが衝撃的だ。そして現実を知れば知るほど、その背後にある「システム」が諸悪の根源であることが分かる。


 立場が弱く、人材派遣企業に頼るしかない派遣労働者について、厚生労働省は実態調査を2012年に実施したがそれから4年間実施していない。東京都では独自に2014年に実施した。これらの調査は聞き取りで行われている。労働者の側は口をそろえて3つの問題を指摘したという。「賃金」と「仕事内容」で嘘をつかれることと、人材企業や勤務先の正社員による「いじめ、虐待」だ。(169ページより)

派遣労働の現場についての実態をメディアで明らかにしたのは著者が初めてではなく、これまでにも多くの労働者が自らのつらい経験を行政に訴えていた。ところが現実問題として、厚労省は人材派遣企業の指導には及び腰であり、人材派遣企業も監督官庁に協力的ではないのだそうだ。

例えば日雇い派遣の原則禁止条項などは、制定から3年も経過した2015年秋頃からようやく守られるようになったが、それは同時期に厚労省が事前連絡なしの立入検査を始めたからで、それまでは完全に無視されていたというのである。

「一億総活躍」で高齢者の労働力は不可欠なはずだが

政府は2015年に、「一億総活躍」というスローガンを掲げた。何度見ても不快なフレーズだが、この背後にあるのは、現状のままでは近い将来、国の財政、医療、年金破綻が必至だという事実である。

つまり破綻を回避するためには、高齢者にもっと働いてもらい、税や年金の徴収額を増やし、年金支給額を減らさなければならないということだ。

今や日本国民の4人にひとりが65歳以上。その約3300万人が労働市場から排除されれば、結果として若い世代にしわ寄せが行く。働ける人が働かず、若者の負担ばかりがどんどん増えていく状況を放置してよいわけがなく、高齢者の労働力は不可欠なのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

テスラ、米生産で中国製部品の排除をサプライヤーに要

ビジネス

米政権文書、アリババが中国軍に技術協力と指摘=FT

ビジネス

エヌビディア決算にハイテク株の手掛かり求める展開に

ビジネス

トランプ氏、8月下旬から少なくとも8200万ドルの
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 4
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中