最新記事

「日本すごい」に異議あり!

ムスリム不在のおもてなし、日本の「ハラールビジネス」

2018年5月16日(水)17時30分
後藤絵美(東京大学准教授)

ハラールについて一定の基準を設けようとする動きが始まったのは、イスラム教成立から1300年以上たった1970年代のこと。国際化で人や物の移動が盛んになったこと、科学技術の発達で食品の原材料が見えにくく、複雑になったこと、教育やメディアの普及で細かな宗教知識を持つ人が増えたことなどが基準を求める動きにつながったようだ。

認証発祥の舞台となったのは東南アジアだ。イスラム教徒が圧倒的多数を占める中東では、市場に出回る商品は基本的にハラールと考えられてきたため、認証するという発想はなかった。

一方、イスラム教徒が多く暮らしながらも、異なる宗教や文化が混在する東南アジアでは、流通する商品とハラールが一致するとは考えられてこなかった。そこで生まれたのがハラール認証とそれに基づくビジネスだった。

東南アジア生まれの新ビジネス

その先頭に立ったのがマレーシアだ。1970年代、取引表示法の一部として「『ハラール』という表現の使用」に関する省令が出されたのを皮切りに、食品のハラール基準が検討されるようになった。2000年代には基準の整備がさらに進んだ。基準はガイドラインや手引といった形で詳細に段階づけられ、それに基づく認証審査や認証マークの発行も盛んに行われるようになった。またこの頃から食品だけでなく化粧品や衛生用品、医薬品の認証制度の整備と審査も始まった。

類似した動きは、インドネシアやシンガポールといった他の東南アジア諸国にも広がり、ついには中東の湾岸諸国に流入していった。イスラム教徒が少ない欧米や日本でも、企業がこれら東南アジアのハラール先進国の認証基準を取り入れたり、独自の基準を作って認証したりするという形で、ハラールビジネスが始まった。

日本の場合、独自に認証を行う団体や他国での認証取得のサポートを担う団体が次々と設立されたのは2010年代のこと。現在、よく知られているものだけでも、宗教法人やNPO法人、一般社団法人、株式会社など9団体がある。

2013年以降、日本の農林水産省や経済産業省、地方自治体などがハラールビジネスに関する検討委員会を設置したり、その普及を目指したプロジェクトを始めたりしている。まさに国を挙げてハラールブームが広がりつつある。

推進派にとって、ハラールビジネスはイスラム教徒の安心と、産業活性化を同時にかなえる「夢のビジネス」として映っているようだ。ただしハラールに関わるイスラム教のさまざまなルールを、日本企業が深く理解し適用するのは容易ではない。そこであまり深く考えずに、認証マーク取得をビジネスの1つのステップと捉えて外注すればいい、という声も聞かれる。

興味深いのは、イスラム教のルールに一定の見識を持つ日本の専門家の間で、ハラールビジネスに対する否定的な意見が聞かれることだ。その中には「ハラールビジネスはイスラムの教義と相いれないからやめるべきだ」という全面否定もあれば、「認証が必要との声も無視できないが、今の在り方には問題がある」と唱える人もいる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ヘグセス長官の民間アプリ使用は問題、「米軍危険に」

ワールド

EU、レアアース不足対策などで経済安保ドクトリン策

ワールド

中国外相、対日姿勢で仏に支持要請 台湾巡り

ワールド

米地区連銀総裁、最低3年地元居住を選任要件に=ベセ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 3
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 6
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中