ヘイトスピーチ、誹謗中傷、言葉狩り...... インドネシア、政治の年に高まる緊張
大統領支持派と反対派が小競り合い
ジャカルタ中心部の目抜き通りタムリン、スディルマンは日曜日には「カーフリーデー(CFD)」となり徒歩やジョギング、自転車のサイクリングを楽しむ市民であふれる。
しかし4月29日の日曜日、ホテルインドネシア前の噴水周辺は異様な雰囲気に包まれた。
「2019大統領交代」と書かれたTシャツを着た一群が「彼は忙しく仕事中」というTシャツを着た女性や子供たちを罵るなど「言葉の暴力」を浴びせたのだ。
「大統領交代」のシャツを着用していた人々は来年の大統領選で現職のジョコ・ウィドド大統領の交代、つまり再選阻止を主張しており、「仕事中」のシャツは懸命に仕事をしているジョコ・ウィドド大統領の支持派。大統領選に絡む双方の支持者が同じ場所に居合わせてしまったのだ。
その様子の一部始終が近くにいた人の携帯動画で撮影され、即座にネット上にアップされ、騒ぎは拡大。警察が間に入ってお互いの接触を止める事態になってしまった。
5月4日にはジャカルタ特別州のサンディアガ・ウノ副知事が「CFDは環境、スポーツ、芸術、文化という目的では使用可能だが、政治行動・政治活動は知事規則に違反する。政治を市民の憩いの場に持ち込むことは出来ない」と声明を出した。
ジャカルタ警察も「政治活動は禁止されている以上、違反者には厳しく対処する」と明言、全政党に対しCFDでの政治活動の自粛を求めた。
表現の自由と政治的緊張
このように最近のインドネシアで問題となっている多くの事案は「個人の発言」や「落書き」「政治スローガンが書かれたTシャツ」など、いずれも「表現の自由」というインドネシアが1998年の民主化で勝ち取った貴重な価値観に基づくものである。
しかし現在のインドネシアは政治の季節だけに、複雑で過激、そして「一方的な思惑」によって、表現の自由が問題視され、敵視され、警察沙汰に発展したり、公の場での謝罪に追い込まれたりしている。
インドネシアが掲げる国是に「多様性の中の統一」というものがあるが、その多様性を寛容の精神で認めるところがインドネシア社会の懐の深さでもあった。それだけに今、インドネシアを覆うピーンと張り詰めた緊張のような空気が些細なきっかけで一気に過熱化しない努力が求められている。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など
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