最新記事

ロシア

ロシアの「賢帝」プーチンに死角あり

2018年1月26日(金)17時30分
ジョン・サイファー(CIA元職員、ニュースサイト「サイファーブリーフ」の国家安全保障アナリスト)

プーチンの世界観と政策は、ロシアは常に欧米の裏切りに遭ってきたというロシアの何世紀にも及ぶ認識に沿っている。ロシアの暴君たちは、劣等感とメシア思想に由来する自国の特別視を利用して無敵の権力を手にしようとしてきた。ロシアの弱みに付け込むやからから国を守るのが賢帝だ。いつ裏切られてもおかしくない状態では、国の独立を維持し警戒を解かない強い指導者が必要で、真の民主主義は脅威になる。

実際プーチンは、国外で混乱を扇動して国民に外国を危険視させる一方、自分は外国の脅威から国家を守れる強い指導者だとアピールしている。民衆は透明性や政治参加、横領罪に問われた野党指導者たちと引き換えに、安定と安全を手に入れる。

ただし、ロシア神話の象徴を利用してはいても、プーチンは典型的なロシア指導者とは違う新しい指導者、作られた指導者だ。彼は別の人間を演じており、どこまでもKGBだ。

「仮想敵」に責任を転嫁

政策も公的な行動も、皇帝のように振る舞って権力を強化し維持するための作戦だ。彼が1000年の歴史を誇る神秘的なロシア国家の全能の指導者たちに連なろうとするのは、権力にしがみつくための意識的で冷笑的な試みにほかならない。外国の独裁者たちと同様、彼も自国民を恐れている。国民の支持を確保するのに好景気や生活水準の向上はもう期待できないと承知していて、代わりにナチスの「血と土」的なナショナリズムにしがみついている。

16年の米大統領選に対する攻撃にも、国民へのメッセージが込められていた。プーチンは世界の舞台で尊敬され恐れられる存在だから、国民はその力を畏怖すべきだというものだ。多文化主義、移民、同性婚を批判するのは、退廃し腐敗した欧米と、ロシアの伝統的価値観と安定した生活を対比するため。全ては自身が権力の座にとどまり、自らが不正に築き上げた富を守るための凝った作り話なのだ。

プーチンの国家をどう定義すべきか、多くの研究がなされてきた。全体主義、マフィア国家、縁故資本主義、泥棒政治、監視・警察国家、独裁体制......。プーチンのロシアはどの要素もある程度含んでいるが、目的はただ1つ──支配することだ。

プーチンは国民を支配し、自分が唯一の解決策だと思い込ませるために、架空の人格をつくり恐怖を演出してきた。アメリカの行動と意図をめぐって被害妄想をでっち上げたのは、国民の生活を向上させられない責任を仮想敵になすりつけるためだ。

一丸となって立ち向かうべき敵、脅威が必要なことを、暴君は本能的に知っている。プーチンは力というもののはかなさを、強固に見える自分の権力が不当なものでもろいことを承知している。より強力な長期政権が「民衆の力」と外圧によって倒されたことを知っている。彼は体制の転覆を恐れている。

だが権力を維持するために「血と土」のナショナリズムを利用することは危険を伴う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されずに「信頼できない人」を見抜く方法
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中