最新記事
メディア

歓迎すべき変化? マスメディア時代から「小さな公共圏」時代へ

2018年1月16日(火)18時57分
周東美材(日本体育大学准教授)※アステイオンより提供

Alessandro Vallainc-iStock.

<論壇誌『アステイオン』の30周年を記念したシンポジウムで、ネットで読者の反応が可視化される時代には読者を満足させられる規模、つまり「小さな公共圏」でしか、メディアが機能しないことを「ゲンロン」編集長の東浩紀が指摘した。今後のマスメディアの機能やあり方について、メディア研究者が論じる>

1986年に創刊された『アステイオン』は、ポスト冷戦とグローバリゼーションの30年と歩みを共にしてきた。この間、イデオロギー対立の時代は終わり、中間層の増大とともに「豊かさ」や教養が平準化し、広い意味でのリベラリズムが知識人のなかで支配的な価値観となっていった。居丈高の権威主義や集団主義を排し、中道で柔らかく議論する人々の出現を迎えようとする兆しが見えていた。

しかし、21世紀に入って目の当たりにしたのは、機能不全を起こしつつある論壇やジャーナリズムの姿であり、インターネットにおける極端な「右/左」の対立とその世界的広がりであり、左右両派に見られる排除の論理とポピュリズムの台頭だった。

高等教育が大衆的なものとなったにもかかわらず、大学やマスコミが市民の教養や判断力を啓蒙する基盤的なメディアとなるという前提は成立しなくなってきている。「アウフヘーベン」という言葉が2017年の新語・流行語大賞候補にノミネートされ、注目されたのは記憶に新しいが、その理由は、この横文字の意味の分からなさにあったといってもいいだろう。

排除の論理とポピュリズムに対する格闘という主題で真っ先に思い浮かぶ20世紀の知的遺産は、ホロコーストや大衆的熱狂という時代の渦に呑み込まれながらも、様々な矛盾や対立のなかにあって、理性的で規範的な対話とコミュニケーションの可能性を模索していたフランクフルト学派であろう。ハーバーマスによる「公共圏」という概念が、その理論的成果のひとつであることは周知の事実だ。

公共圏は、コミュニケーションによる相互了解を中心的な価値に据えた生活世界のひとつの空間であり、国家や市場からは自律した市民社会的な圏域である。もともと中世の封建社会では国王、領主、聖職者が自らの威光を身体的・儀礼的に民衆に示すことで具現的公共圏を成立させていたが、近代国家の形成や資本主義化のプロセスのなかで、次第に市民的公共圏が確立していった。

西欧では17世紀後半から18世紀にかけて、コーヒーハウスや社交サロンなどを拠点として文化や芸術を議論する人々が現れ、市民的な文芸的公共圏が誕生した。その空間では、社会的な地位の平等が要求され、それまで自明とされてきた様々な制度が批判に晒されていった。こうした討議の空間は、雑誌や新聞などの活字メディアの広範な流通によって活性化され、議論の公開性も高まっていった。

資本主義化が進展していくと、議論の主題は文芸から政治へと移っていき、文芸的公共圏のなかから次第に政治的公共圏が形成されていった。新聞のような活字メディアは領主らの統制を拒絶し、政治的な論議の媒体となり、公共性の所在は権力から市民の手へと移り変わった。市民は読み書き能力を身に付け、印刷技術に媒介されることで、世界を分析し批判する力を我が物にしていったのである。ハーバーマスは、規範的な公共圏が存在していたことを歴史的に明らかにすることによって、未来に向けて、ありうる公共圏の可能性を探求していた。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏、イラン戦争早期収束でも今年の成長に打撃=

ビジネス

IMF、新興・途上国の26年成長率予想引き下げ 中

ビジネス

中東・北アフリカ成長率急減速へ、イラン戦争が打撃=

ビジネス

IMF、中東紛争で世界成長見通し引き下げ 原油高騰
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事の新シナリオ
特集:台湾有事の新シナリオ
2026年4月21日号(4/14発売)

地域紛争の「大前提」を変えた米・イラン戦争が台湾侵攻の展開に及ぼす影響をシミュレーション

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本は「イノベーションのやり方」を忘れた...ホンダ「EV撤退」が示す、日本が失った力の正体
  • 2
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国防軍は崩壊寸前」
  • 3
    【銘柄】イラン情勢で「任天堂」が急落 不確実な相場で人気の優良株から売られる落とし穴
  • 4
    「いい加減にして...」ケンダル・ジェンナーの「目の…
  • 5
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 6
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 7
    トランプがまた暴走?「イラン海上封鎖」の勝算
  • 8
    高さ330メートルの絶景と恐怖 「世界一高い屋外エレ…
  • 9
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 10
    目のやり場に困る...元アイスホッケー女性選手の「密…
  • 1
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 2
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 3
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 7
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 8
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 9
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 10
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 10
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中