最新記事
メディア

歓迎すべき変化? マスメディア時代から「小さな公共圏」時代へ

2018年1月16日(火)18時57分
周東美材(日本体育大学准教授)※アステイオンより提供

当然のことながら、公共圏の姿は、メディア変容のプロセスのなかで変動していく。かつて身体を媒介にして成立していた具現的公共圏が、活字メディアによる市民的公共圏へと取って代わられたように、20世紀的な論壇やジャーナリズムのあり方もまた、新たなメディアからの挑戦を受けざるをえない。

なし崩し的なメディア変容は、未来を見通せない人々を不安にさせる。見たいものしか見ようとしないユーザ、インターネット上を飛び交う極端な言論、タコツボ化していく世界認識、島宇宙化していくネットワーク――そうした事実を目にするたびに、啓蒙的理性が「やれやれ」とつぶやく。しかし、「島宇宙化」という現象それ自体は、必ずしもネガティブなものとばかりはいえない。

これまで「社会の木鐸」たることを自負し、たとえば「客観・公正・中立」などのスローガンを掲げて展開されてきた日本の言論やジャーナリズムは、多く場合、男性の、会社員の、エリートの、異性愛者の、都市在住の、健常者の、日本語話者のメンバーによって担われてきた。

そうした一定の属性をもった人々が生活世界の全体像を代弁することは、もちろんできるはずがない。局所的な関心に根差した島宇宙的なネットワークが、こうした旧来のエリート主義に対してシニカルな判断やオルタナティブな可能性を提示することはありうる。オタクであれ、セクシュアル・マイノリティーであれ、インターネットによってコミュニケーションが可能になった人々の島のようなネットワークもまた、ひとつの公共圏となりうるからである。

したがって、公共圏という空間のサイズは、必然的に小さなものとならざるをえない。むしろ、巨大な公共圏が成立すること自体が、歴史的には例外的な現象だったのかもしれない。だとすれば、無数の小さな公共圏が出現したことは歓迎すべきことであるし、事実、オルタナティブで草の根的な言論活動は、カフェや路上のパレードや学校新聞のような場所で、着実に展開してきた。21世紀の大きなメディア変容のなかでこそ、こうした小さな公共圏による言論活動の可能性は追求され続けなければならない。

しかし、冒頭に述べたようなコミュニケーションの極端化もまた、もう一方の現実として無視することはできない。私たちは世界と瞬時につながることのできるメディアを手にしたが、同時に、異質な他者をフィルタリングする力も手にしてしまった。このフィルタリングこそ、対話という、公共圏にとって最も重要な契機を奪うものであり、異質な他者との出会いの機会を失わせるものである。異質な他者との対話可能性は決して手放してはならないが、そのコミュニケーション上の仕掛けをどのように作り出すのか。それは人類史的な課題でもあるだろう。

[筆者]
周東美材
1980年生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了、博士(社会情報学)。首都大学東京、東京音楽大学等の講師を経て、現職。専攻は文化社会学。著書に『童謡の近代――メディアの変容と子ども文化』(岩波書店、日本童謡賞・特別賞、日本児童文学会奨励賞)、『カワイイ文化とテクノロジーの隠れた関係』(共著、東京電機大学出版局、日本感性工学会出版賞)、『文化社会学の条件――二〇世紀日本における知識人と大衆』(共著、日本図書センター)など。

※当記事は「アステイオン」ウェブサイトの提供記事です
asteionlogo200.jpg


※サントリー文化財団ウェブサイト「エッセイ/レポート」より一部要約抜粋しています(全文はこちら)


 『アステイオン創刊30周年ベスト論文選
 1986-2016 冷戦後の世界と平成』
 山崎正和 監修
 田所昌幸 監修
 CCCメディアハウス


ニューズウィーク日本版のおすすめ記事をLINEでチェック!

linecampaign.png

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ政権、入国制限を30カ国以上に拡大へ=国土

ビジネス

USスチール、イリノイ州の高炉を再稼働へ 顧客から

ビジネス

午前の日経平均は反落、一時800円安 3連騰後で利

ビジネス

イケア、NZに1号店オープン 本国から最も遠い店舗
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 6
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 7
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 8
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 9
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 10
    【トランプ和平案】プーチンに「免罪符」、ウクライ…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中