最新記事

ノーベル文学賞

カズオ・イシグロをさがして

2017年10月14日(土)13時15分
コリン・ジョイス(ジャーナリスト)

イシグロはファンタジー小説『忘れられた巨人』が批判されたとき、この国では竜に対する強い偏見があることを知らなかったと冗談を言った。ジャンルの壁をやすやすと飛び越える勇気は称賛されてしかるべきだ。

イシグロは1つのスタイルに安住する作家ではない。イギリスでは短編集は売れないというのが定説だが、彼は『夜想曲集』でこのジンクスに挑んだ。

イシグロは『わたしを離さないで』の舞台に、イングランドの見捨てられた地域とも言うべきノーフォーク州を選んだ。彼はノリッジにあるイースト・アングリア大学大学院で文芸創作を学び、同州に住んでいた。

私はノリッジからそう遠くない場所に住んでいるので、実際に訪れたことがある。ノーフォーク州には何度も行った。これはかなり珍しいことだ。ノリッジはどこかへ行く途中で立ち寄る場所でも、あえて行きたいと思わせる土地でもない。

『わたしを離さないで』では、「イングランドのロストコーナー」と呼ばれる同州の現実が物語の背景になっている。喪失というテーマについて瞑想を重ね、寂れたノーフォークの「孤立」をその象徴に変える――イシグロの想像力のささやかな一例だ。

ここは「失われた子供たち」が提供者として生きることを運命付けられた場所。彼らの希望にあふれる想像の中では、世界の全ての「失われたもの」が最後に出現する場所だ。しかし、その希望は粉々に砕け散る。彼らは友人を失い、夢を失い、ついには自分の命まで失う。

イシグロのノーベル文学賞受賞はその作家としての力量、人間性、独創性が認められた証しだ。まだ読んでいない人は、ぜひ彼を「発見」するべきだ。

(筆者は元英デイリー・テレグラフ紙東京支局長。著書に『「ニッポン社会」入門』〔NHK出版生活人新書〕など)

<筆者のウェブ連載コラム『Edge of Europe』の記事一覧はこちら>

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

[2017年10月17日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾閣僚、「中国は武力行使を準備」 陥落すればアジ

ワールド

米控訴裁、中南米4カ国からの移民の保護取り消しを支

ワールド

アングル:米保守派カーク氏殺害の疑い ユタ州在住の

ワールド

米トランプ政権、子ども死亡25例を「新型コロナワク
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 8
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 9
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中