最新記事

欧州社会

移民は「勤勉な労働者」か、それとも「怠惰な居候」か

2017年10月4日(水)11時40分
ロバート・ローソーン(ケンブリッジ大学名誉教授)、デビッド・ルジカ(オドリスノスト共同創設者)

大規模な難民危機に欧州の一部の国は国境を閉ざした(16年10月、ハンガリー) Laszlo Balogh-REUTERS

<欧州の一部の政治家が移民・難民を「働き者であると同時に怠け者でもある」と決め付ける身勝手>

難民・移民を受け入れたくない理由は何か。政治家にそう問うと、返ってくる答えはたいてい「難民は国民の職を奪う」か「難民はわが国の手厚い福祉給付が目当てだ」のどちらかだ。

しかし、どちらの言い分もおかしい。そもそも前者の主張には「難民は(少なくとも自国民と同じくらいに)勤勉な働き者だ」という判断があり、後者には「難民は働く意欲を欠く怠け者だ」という認識がある。

いったい難民は働き者なのか、怠け者なのか。それとも同じ難民が働き者であると同時に怠け者でもあるのか。

シリア内戦のあおりで難民の大波に洗われ、悲鳴を上げ、難民締め出しに動いた中欧や東欧諸国の指導者たちも似たような主張を掲げている。例えばハンガリーのオルバン・ビクトル首相は前者で、「国民の職を奪うな」と大書した看板を立てるなどの移民排斥キャンペーンに巨費を投じてきた。

対照的なのはチェコの政治家で、全ての難民・移民はヨーロッパの寛大な社会福祉が目当てだと決め付けたがる。大統領のミロシュ・ゼマンに至ってはみんな「イスラム教徒」だと切り捨ててもいる。

難民・移民は働き者であると同時に怠け者でもある。この不思議な状況を、今の中東欧圏では「シュレーディンガーの移民」と呼ぶ。量子力学の世界で言う「シュレーディンガーの猫」にあやかった言い方だ。

量子力学では、1つの粒子が同時に2つの正反対の状態で存在し得るという「重ね合わせ」の状態の概念があるが、常識的に見れば矛盾している。それでは「放射性物質と、その粒子に反応する毒ガス発生装置が入った箱に閉じ込めた猫は、(その箱を開けて実際に生死を確認するまでは)生きてもいるし死んでもいる」と言うに等しい。

これが「シュレーディンガーの猫」と呼ばれる思考実験なのだが、一部の政治家が難民・移民を「働き者であると同時に怠け者でもある」と決め付けるのは、単なる身勝手にすぎない。

難民・移民が既存の雇用を奪うのか、新たな雇用を生むのかという点で、欧州の人々の意見は割れている。筆者らは学者やジャーナリストたちでつくる調査機関「オドリスノスト」の一員として、1990年までさかのぼって各種の実証的調査研究を再検討してみたが、途上国から相当数の難民・移民を受け入れることが自国民の雇用を奪うという主張を裏付ける証拠はほとんど見つからなかった。

実際には、どんな移民も受け入れ国における労働の分担に貢献している。言葉や文化などの壁があるから、地元の人と同じ職に就くのは難しい。確かに近隣国から来た移民の就労により、非熟練工の賃金がいくらか下がる傾向はある。しかし遠い国から来た移民の場合、そうした負の影響は見られない。

【参考記事】「日本に移民は不要、人口減少を恐れるな」水野和夫教授

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、加・メキシコ首脳と貿易巡り会談 W杯抽

ワールド

プーチン氏と米特使の会談「真に友好的」=ロシア大統

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億

ビジネス

米国株式市場=小幅高、利下げ期待で ネトフリの買収
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中