最新記事

BOOKS

「中国人の本音」の本質は、当たり前の話だった

2017年6月14日(水)18時52分
印南敦史(作家、書評家)

加えて、中国側にとっては自国の安定した発展が最優先であり、「明らかな挑発」と受け止める事態が起きない限り、日本との関係悪化は得策ではないという考え方も、中国国内では少なくないのだという。だとすればなおさら、私たちもいっときの感情に流されることなく冷静になる必要がある。


 駐在しながら実感したのは、相手を知ろうと努力を続け、冷静に向き合うことの大切さだ。私が懸念するのは、「中国人=マナーが良くない」というように、相手をステレオタイプでとらえ、そこで思考停止してしまうことだ。北京では確かに、態度の悪い市民に遭遇して不愉快になることもある。大気汚染や物価高、安定しない日中関係、不便なインターネット環境など、イメージを悪化させる材料には事欠かない。しかしそこに住む「中国人」の幅は広く、単純な言葉ではとてもとらえきれない。(267~268ページ「おわりに――隣国を知るために」より)

我が家の近所に、中国人しか住んでいないマンションがある。10年近く前、そこはトラブルの温床で、明け方に大音量でヒップホップを流す人間もいたし、大声を出しながら夫婦喧嘩をして窓ガラスを割るようなケースも決して少なくなかった。

だから当時、私も彼らにあまりいい印象は抱いていなかった。ところがそれから数年経つと、状況がガラリと変わった。いつの間にやら居住者が入れ替わり、近年は小さい子どものいる若い家族が増えたのだ。

その結果、かつての殺伐とした雰囲気は消え去り、昭和の日本のような雰囲気になってきた。仕事が一段落して伸びをする夕方、楽しそうに遊ぶ親子の声が聞こえてくることがある。数年前に夜明けのヒップホップにカリカリさせられた私も、いまはその声を聞くたび温かい気持ちになれる。少なくとも、過去がどうであれ、いまそうなった以上、私に彼らを嫌う理由はないと思っている。

自分の身に起こったそのような変化と、上記の引用部分で著者が伝えたいこととの間には、かなりの共通点があるように感じた。重要なのは、「そこに住む『中国人』の幅は広く、単純な言葉ではとてもとらえきれない」という部分だ。

すべての日本人が善人であるはずはない。すべての日本人が悪人であるはずもない。まったく同じことは中国人に対してもいえるわけで、決して「中国人だからこうだ」と決めつけられるはずもないのだ。

冷静に考えればすぐにわかるそうした本質に、私たちは改めて立ち戻る必要があるのではないだろうか? そして、もしもその意思があるのなら、本書は大きな役割を果たしてくれることだろう。


『中国人の本音――日本をこう見ている』
 工藤 哲 著
 平凡社新書

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダヴィンチ」「THE 21」などにも寄稿。新刊『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)をはじめ、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)など著作多数。



【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャーによる株買い増し、「戦略に信任得てい

ビジネス

スイス銀行資本規制、国内銀に不利とは言えずとバーゼ

ワールド

トランプ氏、公共放送・ラジオ資金削減へ大統領令 偏

ワールド

インド製造業PMI、4月改定値は10カ月ぶり高水準
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 6
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 7
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 8
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 9
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中