最新記事

トルコ情勢

エルドアン・トランプ会談でもPYDに対する認識の差は埋まらず

2017年5月26日(金)15時45分
今井宏平(日本貿易振興機構アジア経済研究所)

しかし、この攻撃はシリアにおけるアメリカ軍とPYD、YPGの連帯の強さをむしろ白日の下に晒すことになった。それはトルコの空爆で亡くなったYPG兵士の葬儀にアメリカ兵が参列している写真が流出したのである。また、トルコ軍の空爆後、アメリカ軍の士官がPKKの重要人物の一人であるアブディ・フェルハド・シャヒンと接触したと報じられた。そして、5月9日にトランプ大統領はPYDへの武器提供を許可するなど、エルドアンの訪米を前にトランプ政権はPYD支援の姿勢を明確にさせた。

エルドアン大統領の訪米でも潮目は変わらず

5月16日の会談で、エルドアン大統領はトランプ大統領とPYDへの支援の中止、ラッカのIS掃討作戦へのトルコの参加、5月3日と4日に行われたトルコ、ロシア、イランの3ヵ国によるシリア停戦に向けた第4回アスタナ会合で設置が決まった緊張緩和地域、ギュレン師の引き渡し、両国の二国間関係などについて話し合った。この首脳会談でもエルドアンはトランプにPYDへの支援をやめるよう釘を刺した。一方のトランプはトルコのPKKとISへの対テロ作戦を支援していくことを約束した。

結果的にエルドアン大統領の訪米はトルコ政府が目標としていたPYD中心でのIS掃討作戦の展開、そのためのアメリカのPYD支援を覆すことはできなかった。ただし、トランプ政権も盲目的にPYDへの支援を行っているわけではなく、ある程度トルコにも配慮を見せている。例えば、アメリカ政府高官は、IS掃討後、PYDがラッカを占領する予定はないこと、PYDおよびYPGはトルコの脅威にはならず、もしなるようなことがあればトルコ政府がそれに対抗できること、PKK掃討作戦に協力することなどを言及している。

トルコとの同盟関係は重要視しているが、IS掃討作戦に関してはPYD中心で展開するため、作戦が終わるまではトルコ政府に無用な揉め事は起こしてほしくないというのがトランプ政権の姿勢だろう。

今後の展望

5月9日にPYDへの武器提供が許可されてから、5月15日と20日にアメリカ軍はPYDに対して実際に武器や物資の提供を実施した。トルコ政府はエルドアンの訪米後もPYDとPKKは同一組織であるという主張を続けているが、5月22日に実施された越境攻撃ではPKKの本拠地と見られているイラクのカンディール山を攻撃したものの、PYDの支配地域への空爆は行われなかった。トルコ政府もアメリカとPYDの結びつきは強いことを認識し、今回の攻撃ではPYDを攻撃対象から外したと考えられる。

トルコ政府もIS掃討作戦はPYD中心で行われることを受け入れざるをえない状況となっている。今後の焦点は、ラッカでのIS掃討作戦がいつ始まるのか、ラッカでの攻撃後、アメリカはシリアに留まるのか、アメリカ、トルコ、PYDの関係はISの消滅でどのように変わっていくのか、である。いずれにせよ、トルコ政府は機会があればなるべく早い段階でアメリカのPYDへの支援を断ちたいというのが本音である。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米主要港ロサンゼルス、5月の輸入は前年比9%減 対

ワールド

ベトナム、米との貿易交渉進展 主要な問題は未解決

ワールド

ベトナムがBRICS「パートナー国」に 10番目の

ワールド

トランプ米政権、入国制限に36カ国追加を検討
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中