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ハリウッド版『ゴースト・イン・ザ・シェル』に描かれなかったサイボーグの未来

2017年4月7日(金)16時30分
トニー・プレスコット(英シェフィールド大学認知神経科学教授)

ヒロインのミラを演じるスカーレット・ヨハンソン Official Trailor/ghostshell.jp

私たちは将来、私たちが使うテクノロジーとどこまで近い関係になるのだろうか。それは私たちにどのような影響を及ぼすのか。そして「近い」とはどれほどの近さを言うのだろう──。

日本の漫画作品『攻殻機動隊』のハリウッド実写映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』は、未来的な科学技術とスラムが隣り合わせる日本のメトロポリスと、そこに暮らす人間やロボット、技術で能力を強化したサイボーグ(義体)を描いている。

人間の義体化による超人的な強さや回復力、透視能力に加えて、この映画が科学技術による変革の最たるものとして描いているのは、サイボーグとして脳を2つ持つことによる脳機能の増幅だ。生体脳(機械「シェル」の肉体のなかの自我「ゴースト」)に埋め込まれた神経インプラントが強力なコンピューターとつながることで超人的な反射神経や高度な分析、学習、記憶能力を発揮できる。

1989年に原作コミックが発表されたとき、世間はまだインターネット時代の初期だったが、原作者の日本人漫画家、士郎正宗は、この「電脳」に人間の限界を超える可能性をみていた。士郎が考える義体化された人間は、思考や視覚といった情報をほかの電脳へ送ったり、クラウドを通して遠距離のデバイスやセンサーに侵入するだけでなく、他人の経験を理解、共有するために意識の奥深くに入り込んだりするなど、自分の意識を自由に飛ばすことができる。

士郎の物語は、科学技術の急速な進歩の危険性も指摘している。知識が力になる世界では、このような電脳は政府の調査やコントロールの新たな道具になるだけでなく、遠隔で他人の思考や行動を支配する「マインドジャック」といった新種の犯罪も生み出す。士郎の物語にはスピリチュアルな面もある。サイボーグこそが人間の進化の次のステップかもしれないこと、世界観の広がりや意識のつながりがもたらす個の融合が、覚醒への道を開くかもしれないことなどが描かれる。

ロスト・イン・トランスレーション

今回の作品は、1995年公開の押井守監督による攻殻機動隊のアニメ映画『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』の大部分を基にし、スカーレット・ヨハンソンが、汚職やテロ犯罪に立ち向かう政府直属の公安警察組織「公安9課」で活躍するサイボーグの主人公ミラ(ヨハンソン)を演じている。監督にルパート・サンダースを迎えて映像美にもこだわり、アニメ映画版の人気場面もいくつか再現している。

【参考記事】スカーレット・ヨハンソンが明かしたイバンカ・トランプの正体──SNL

ただサンダースの映画は、攻殻機動隊の科学技術が人間をどのように変えていくのかという重要な問題を突き詰めていない。重要なキャラクターのほとんどに白人俳優を配役するだけでは満足できないのか、キャラクターを「あなたはあなたが何をなすかで定義される」というアメリカン・アクション・ヒーローを型に当てはめることでカルチャー・アプロプリエーション(文化の盗用)の罪を犯している。原作のキャラクターは、まさにその正反対なのに。

ミラは任務に疑問を抱いて逃避や苦悩を重ねながら上層部と戦う。アクション・ヒーローとは似ても似つかない彼女は、サイボーグとしての存在の中にある意味の断片をつなぎ合わて生きる意味を見出そうともがいている。

映画の中盤で、ミラ自身が本当は何者かを示す記憶の重要部分が示される。また、ある男がマインドジャックされ、実際に送ったことのない人生や存在するはずのない家族などねつ造された記憶の上に作られたアイデンティティーに気づき、崩壊していく姿も描かれる。

【参考記事】アンドロイド美女が象徴するIT社会の深い不安感 人工知能SF『エクス・マキナ』

1995年のアニメ映画版は、人はただ記憶によって個人たりえると主張した。実写版はアニメ映画版の筋書きにほぼ従う一方で、異なった解釈をする。個人を定義するのは記憶ではない、とミラは言う。「私たちはまるで記憶が自分を定義するかのように振る舞うが、私たちは私たちが何を成すかで定義される」と訴えている。

原作に忠実ではないし、理解に苦しむ。

人間の意識、人類さえも、本質的には「情報」であるという士郞のもう一つの重要なアイデアも実写版では疎かにされている。アニメ映画版では、意識が機械の体「シェル」を離れ、「万物の一部」になる可能性を描いているが、実写版ではこうした魂同士の融合や魂とインターネットの融合には遠回しに触れるにとどまった。

システムと脳の融合は始っている

現実世界では、ネットワーク化された意識というのはすでに存在している。タッチスクリーンやキーパッド、カメラ、携帯電話、クラウドなどを通して、私たちは政府の調査や管理、広告主などに私生活をさらし、以前にも増して直接かつ即時的に、日々拡大していく社会の輪に参加している。

電脳化の実現も進んでいる。パーキンソン病やうつ病など、脳の病状を軽減する脳インプラントはすでに存在するし、視覚障害や手足の麻痺を電脳でコントロールする研究も進んでいる。一方、脳インプラントを通じた遠隔操作は数種類の動物で実証されている。もし間違った使い方で人間に使われれば、恐ろしいことになるだろう。

私たちの意思を自発的にネットワーク化する開発も進んでいる。豪エモーティブ社のデバイスは、脳が発した電気信号を感知する脳波(EEG)技術を駆使したウエアラブル機器で、信号を解釈して役に立つ形でアウトプットする高度な技術を持つ。例えば、コンピューターにつないだエモーティブのデバイスを装着すれば、思考だけでビデオゲームをコントロールできる。

筆者の研究室では、人間と同じような記憶力をもった人工知能(AI)ロボットの研究をしている。システムと人間の脳の融合は、現在の科学技術では不可能だが、数十年後には実現可能かもしれない。電子インプラントが記憶や知能の進歩に役立つようになれば、試してみたい人も多いだろう。このような科学技術はまさに生まれようとしており、『ゴースト・イン・ザ・シェル』のようなSF映画は、人間が人間の能力を根本的に変えうる力を過小評価すべきではないことを教えてくれる。

Tony Prescott, Professor of Cognitive Neuroscience and Director of the Sheffield Robotics Institute, University of Sheffield

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

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