最新記事

インドネシア

イスラム人口が世界最大の国で始まったイスラム至上主義バッシング

2017年2月2日(木)18時00分
大塚智彦(PanAsiaNews)

イスラム教に対する「冒涜」に抗議してジャカルタを行進する「イスラム擁護戦線(FPI)」 Beawiharta-REUTERS

<イスラム急進組織FPIと言えば、ジャカルタでは泣く子も黙る存在。白装束で目抜き通りを埋め尽くしても「宗教冒涜」と指弾されるのが怖くて誰も何も言えない──だが、「多様性と統一」を国家のアイデンティティーとして誇るインドネシアでいつまでも勝手は許されない。アメリカに誕生した反イスラムのトランプ政権へのアピールもかねて、「イスラムの横暴」に対する巻き返しが始まった>

2月1日昼前、インドネシアの首都ジャカルタの目抜き通りスディルマンをデモ行進する白装束の一群が、周囲の深刻な交通渋滞を一層悪化させ、苛立つ運転手、バス乗客らの怨嗟の視線を浴びていた。

だが運転手、乗客、沿道のビジネスマン、通行人の誰一人としてデモ隊に対して不満や文句を言うことはない。それは今のインドネシアが直面する「宗教と寛容」という深刻な問題を反映しており、イスラム教やイスラム教徒に対して少しでも批判的な言動をすれば、それが元大統領であれ州知事であれ、誤解であれ言いがかりであれ、容赦なく「宗教冒涜」の名のもとに指弾されるからだ。それはまるで「言葉狩り」のようで、もはやインドネシアが誇った「言論の自由」も「民主主義」も、物陰からそっと様子を垣間見る状況に陥っている。

【参考記事】インドネシアが南シナ海に巨大魚市場──対中強硬策の一環、モデルは築地市場

イスラム急進派による露骨な政治介入

2月15日に投票が予定されるジャカルタ特別州知事選に立候補している現職のバスキ・チャハヤ・プルナマ(通称アホック)知事が2016年9月にプロウスリブ県の住民を前に行った演説の一部が「イスラム教を侮辱している」として訴えられ、現在アホック知事を被告とする「宗教冒涜罪」の裁判が進行中だ。この問題を取り上げ、アホック知事の即時逮捕を訴えて大規模デモを組織、一部が暴徒化するなど大きな社会問題を起こしているのがイスラム教急進組織「イスラム擁護戦線(FPI)」である。

【参考記事】インドネシアのイスラム教徒数万人がデモ ジャカルタ知事の辞任を要求

FPIは1月10日に開かれた与党「闘争民主党(PDIP)」の結党44周年記念集会で党首のメガワティ・スカルノプトリ元大統領が行った演説にも「イスラム教を冒涜している」と噛みつき、警察に訴える構えを見せている。メガワティ党首は「反多様性のグループは閉鎖的な理想主義を抱えてインドネシアの多様性の中の統一を脅かしている」と述べたのだが、これがFPI つまりイスラム教団体に対する侮辱で、ひいてはイスラム教への冒涜に当たる、というのだ。

イスラム教国ではないインドネシア

インドネシアは世界最大のイスラム教人口を擁しながらイスラム教を国教とする「イスラム教国」ではない。よく誤解されるが憲法で宗教の自由を明確に打ち出しており、多文化、多人種、多言語という多様性を内包しながら国家として統一するというのがインドネシアの掲げる高邁な理想なのである。

【参考記事】南シナ海で暴れる中国船に インドネシアの我慢も限界

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 8
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中