最新記事

行動遺伝学

「知能が遺伝する」という事実に、私たちはどう向き合うべきか?

2017年1月5日(木)12時20分
山路達也

収入に与える遺伝の影響は、歳を取るほど大きくなる

 知能を始めとした心的な能力は、遺伝の影響が50%程度あることがわかっています。となると、収入に遺伝の影響はあるのでしょうか?

 日本で行われた20歳から60歳までの1000組を超す大規模な双生児データからは、収入に及ぼす遺伝の影響が約30%という結果が出ています。面白いことに、就職し始める20歳くらいのときは遺伝(20%程度)よりも共有環境(70%程度)がはるかに大きく収入の個人差に影響していることが示されました。

 ところが、です。

 年齢が上がるにつれ共有環境の影響は小さくなり、かわりに遺伝の影響が大きくなって、働き盛りの45歳くらいが遺伝の影響はピーク(50%程度)を迎えます。この時点で共有環境の影響はほぼゼロ。つまり、親の七光りが通用するのは始めのころだけで、歳を取るに従ってその人自身の遺伝の影響が強くなるらしいのです。

 ただし、上記は男性に限っての傾向です。女性については、既婚、未婚を区別しない場合、収入に対する遺伝の影響は、生涯にわたりほぼゼロのままという結果になりました。これは、日本において女性は自分の潜在能力がまったく収入に反映されていないことを示唆しています。

貧乏な家に生まれたら、もう諦めるしかない?

 環境の条件によって遺伝の影響が異なってくることも最近の研究からわかってきています。

 例えば、青年期の知能については、社会階層が高いと遺伝の影響が大きく、低いと共有環境の影響が大きいのです。階層が高いほど遺伝の影響が大きくなるというのは直観に反するかもしれませんが、これは次のように解釈できます。

 まず、家が金持ちでも貧乏でも、遺伝的に知能の高い人もいれば低い人もいます。親が金持ちの家ほど、子どもはいろんな環境にアクセスする機会が増えます。知的能力を必要とする活動から、あまり必要としない活動まで、子どもの接する環境の選択肢が増えることで、その子が本来持っていた遺伝的素養が発現しやすくなるわけです。

 一方、貧しい家の場合、環境の選択肢はどうしても少なくならざるをえません。親が知的でない趣味を好むのであれば子どももそれに引きずられますし、知的な活動に投資する親であれば、やはりその影響を受けるでしょう。子どもが選べる環境の選択肢が少ないため、遺伝的な素養(それがどんな素養かはわかりません)が発現する確率が金持ちの場合よりも低くなります。

 逆に言えば、これは貧困階層に対する社会的政策が重要であることを示唆しています。貧しい家庭でも知的な活動が行える補助を行うことで、遺伝的な知的才能を発現させるチャンスを増やせる可能性があるということです。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中